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美術批評 デジタルネイティブ・ナカミツキ考 木越純

現代アーティスト ナカミツキ:1997年兵庫県生まれ、2018年度三菱商事アート・ゲート・プログラム奨学生、2020年京都教育大学美術領域専攻卒業。

画学生、中光希

現代アート、特に若手の日本人アーティストに興味を持ち始めた2019年秋に、筆者はとある藝大美大現役学生のオークションに参加した。大手企業や財団から奨学金を受けるか各種展覧会で賞を取っている所謂「注目株」と言われる現役学生が20名ほど招かれていた。作品を一通り見て回った後、アーティストの卵達が順番に自己アピールと作品の説明をし、オークションに臨む趣向だった。その中で、ジャズを思わせる大胆なイメージをデジタルで描きキャンバスにプリントしたナカミツキの作品は、伝統的な洋画・日本画の技法による多くの作品の中で異彩を放っていた。

当時本名の「中光希」を名乗っていた彼女は、藝大美大の院生がひしめく中で数少ない学部生、おそらく最年少であったが、彼女のトークには飛び抜けて迫力があり訴えかけるものがあった。10代の頃の闘病生活中に唯一出来る自己表現であったデジタル絵画、生きる証としてのアートへの取り組み、これで身を立ててゆくのだという本気度、わずか数分の持ち時間の中で彼女は必死に訴えかけてきた。作品自体はまだまだ荒削りだったが、その日のオークションで最も多くのパドルが上がり、最高値での落札を勝ち得たのが彼女の作品(写真1)だった。大学卒業後プロアーティスト・ナカミツキとしてやってゆく自信をつけた一瞬だったと、彼女は後日語っている。

(写真1)中光希〈memory code〉33.3cmX33.3cm X2、2019年

スマホとジャズ

 ナカミツキは、スマホ(iPhone)で作品を制作する。50号100号の大作でもスマホで描く。モチーフは音楽、その中でもジャズがお気に入りである。サクソフォン、トランペット、ドラム、ピアノ、チェロ等々、具象ではなく抽象でもなく、作品には演奏風景から切り取られた印象がテーマとなって描かれる。(写真2)の作品は、ジャズ・ピアノのステージのイメージを表現した2020年春に開催された初個展での代表作の一つである。薄暗いジャズ・クラブの中で唯一照明を浴びるステージで、アドリブを効かせたピアノ奏者の指が鍵盤に踊る。曲目はOpen Your Eyesだろうかと鑑賞者の想像を誘う。

制作風景をこんな感じだ。スタジオでミュージシャンがアドリブたっぷりに思いのままジャズを演奏している。その前に陣取るナカミツキは、ノリノリに体をスイングさせながら、左の手のひらのスマホのたかだか6インチに満たない小さな画面を、右手の人差し指で不規則になぞり時折タップしてゆく。画面の中では輪郭線が縦横に走り、タップの度に色が置かれてゆく。その行き先はスマホの画面を超えてどこまでも広がってゆく。演奏が終わると共にスマホの中で作品が出来上がっている。演奏を聴きながら感じたこと閃いたものをリアルタイムでスマホに落とし込んでゆく。後日これを特殊仕様のプリンターと独自配合のインクを用いてキャンパスに出力して最終作品となる。プリントした成果物の中でこれはという出来のもの一点を残して他は全て廃棄、スマホの画像データも消去してしまう。デジタルの持つ再生性や保存性という利便性を敢えて否定して、一点ものに拘るのがナカミツキ流である。

(写真2)ナカミツキ〈Open Eye – Piano-〉F60号、2020年

作品と作風

 ナカミツキの作品は、空間の一部を切り取る思い切った構図と迷いのない描線、鮮やかな色彩が持ち味である。スイングしているような躍動感と勢いがある。ただ底抜けに明るいわけではなく、傍に暗色が影のように配されておりストーリーに深みを出している。プリントされた作品ながら画一的ではなく、部分部分に細やかな表現がされている。デジタルでよくこれだけの表現ができるものだと感心させられる。アプリの操作に長けているだけではなく、ジャズを聴きながら沸き起こる感覚を、リアルタイムで形と色のイメージに置き換えて、スマホの画面に吹き込んでいるように感じられる。

制作は感性に任せて素早いが、準備は緻密で周到である。自分のイメージに合致する出来栄えが担保できるまで、特殊な仕様を請け負ってくれる印刷工房を探し全国を回ったという。インクも自分の色にとことんこだわり特注している。陶芸など異なったジャンルの造形を試し、プリント面に質感を与える技術を開発し、最近の制作から試行している。プロデビューから3年、スマホとジャズを軸としながら常に新しい表現に立ち向かっている。

原点としての闘病生活

 20代半ばのナカミツキは、Z世代のアーティストであることを自らのアイデンティティとしている。生まれた時からインターネットやデジタル機器に囲まれたデジタルネイティブな世代、ウェブを日常環境として捉え、スマホを通じてコミュニティを作っている世代だ。彼女は音楽好きな家族に囲まれ、幼い頃からジャズが身の回りにあったという。大学時代は軽音楽部に属しジャズの演奏もしていた。最近の押しは2Cellos。ジャズとロックの掛け合わせが人気のクロアチア出身のチェロ・デュオである。しかしながら、なぜスマホなのか、なぜジャズなのか、彼女がここに辿り着く道のりは壮絶だ。

 活発で絵も上手だった少女は、10歳の時に突然発作を起こし半身麻痺となる。4年間の闘病生活の間、意識や思考はしっかりしているのに、ほとんどの時間を寝たきりで過ごす。ストレッチャーに寝かされている中で唯一自由に使えたのが右手、枕の左側にスマホを固定してもらい右人差し指でスマホの画面を操作する生活が、今の原点となっている。視力も弱り外界からの刺激はスマホから流れるサブスクのジャズ、そのジャズを聴きながら感じたこと思ったことをスマホの上で形にしてゆくことで、彼女は先の見えない闘病生活の不安や死への恐怖に立ち向かっていた。筆者自身も同じ10歳から数年間、学校を休んで闘病生活を強いられたことがある。当たり前のことができないもどかしさ、疎遠になる友達関係、この状態が一生続くのではないかという底知れない不安を、今更ながら思い出す。

幸いにもその後普通の生活ができるまでに回復し今日に至るのであるが、今できることはやり尽くしたいというナカミツキの貪欲さと決意は、この闘病生活が原点となっていると思う。

「そんなものはアートでない」

 進学した京都教育大学の芸術領域専攻で、油画をはじめ一通りの表現手法を学んだが、彼女は闘病生活の間に支えとなってくれたスマホを通した「アート」の可能性を信じ、新しいアートを作り出すことを志す。アートの世界にもヒエラルキーがあり、新しい試みへの批判や無視は世の常である。御多分に洩れず「そんなん、ゲームと違うの」「そんなものはアートでない」といった批判や叱責は免れられなかったが、幸い彼女には理解し背中を押してくれる恩師、友人そして「おじいちゃん」がいた。

「そんなものはアートでない」とは、アートの歴史上幾度も繰り返された言葉である。19世紀後半のフランスで勃興しその後のアートのあり方を変えた「印象派」の呼称は、当時の正統派に属する批評家ルイ・ルロワが、クロード・モネらの展覧会を揶揄したところから生まれたと言われている。印象派の特色は、「対象の輪郭をなくし、より直接的に変化しつづける光の揺れ動き、色彩の移りゆきを追いかけ、画面に定着しようと試みた」と言われるが、アーティストが光を求めての戸外で制作することを可能にしたのは、その頃フランスでも進行していた産業革命である。大きな社会の変革やテクノロジーの発展はアートの有様も変える。風光明媚な郊外への足となった鉄道の発達と、携帯に便利なチューブ入り絵の具の発明がなければ、印象派は生まれなかった。また鉄道旅行は人にそれまで経験したことのない速度で移動する体験をもたらし、車窓から見える景色も一変させた。

スマホとアート

産業革命を牽引した鉄道は、人と物資の迅速・大量の移動を可能にし、情報の伝達を飛躍的に高め、それ以前の人類が経験したことのないマグニチュードで、経済・産業・社会全般のあり方を劇的に変えた。150年後の現代社会でそれに匹敵する変革をもたらしているのが、インターネットやデジタルテクノロジーの発展であり、その申し子と言われるのがナカミツキを含むZ世代の若者たちである。

闘病中の寝たきりの少女は、スマホを通して外の世界と繋がることができ、デジタルワールドと行き来した。6インチに満たないスマホの画面と指先一つで、思うがまま感じたことを絵画として表現することができるようになった。極限状態でのインターネット&デジタル革命体験だったのではないか。

であるからこそ、ナカミツキのデジタルアートは筋金入りだ。今日のデジタルブーム・アートバブルの中で、手垢にまみれた既存のアートを置き換えただけのデジタルアート、流行に乗って手を出してみただけのデジタルアートではない。ナカミツキにとって、あの救いのない日々に生きている証となった唯一無二の手段が、スマホなのである。

 ナカミツキは、印象派の画家たちが発見した戸外の光の中で輝く自然や、疾走する列車の車窓から見る流れる風景に匹敵する、私たちがまだ見ぬ景色をスマホの画面の向こうに見ているのかもしれない。これから世の中の中心がZ世代に移ってゆく中で、彼らが何を感じどのような世界を見ているのか、旧世代の私たちはナカミツキの作品を通して知ることになるかも知れない。

参考
1)NHK World Japan、Five Frames for Love、Contemporary Artist Naka Mitsuki 2、https://www.youtube.com/watch?v=od2jpaTSKDY
2)秋丸知貴、ポール・セザンヌと蒸気鉄道、晃洋書房、2013年

(執筆:2022年12月)


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