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【連載】運命の扉 宿命の旋律 #49

Adiratamente - 怒りを込めて -


インターンシップ最終日。

萌花はそろりと11階の企画営業部のフロアを覗き込んだ。
今日はいつになく人が少ないように思えた。

ため息をついて戻ろうとすると、正面に立ちはだかる人にぶつかりそうになり、小さく悲鳴を上げた。
その人は言った。

「○○学院大学のインターンシップ生、川越萌花さんですね。野島次長は本日はお休みです」

前田有紗だ。とても厳しい表情だ。

萌花は青ざめ、恐怖で唇が震えた。遼太郎の様子を伺いに来たことがわかるのか。

「お話したいことがあります。終業後、1階のエントランスでお待ちいただけませんか? 今日もし彼氏が迎えに来ているようであれば、時間をずらしていただけたらと思います」
「えっ…あの…」

そう言うと有紗はカツカツとヒールを鳴らして自席に戻っていった。

遼太郎を裏切ることになるが、このまま大人しくしているわけにもいかなかった。

* * *

萌花は動揺しながら、言われた通り1階のエントランスで待っていた。
稜央には "会社の先輩と少しお茶することになったから、少し遅くなる" とメッセージを送った。

18時前に有紗は現れた。

9cmはありそうなピンヒールに細く長い脚、膝上でも全くいやらしくない白いミニタイトのスーツを着こなし、品の良いブランドの黒いバッグを肩から下げていた。
胸元まである黒い髪は艶やかで、毛先まで美しい。
幾千もの花々を携えるような甘さがほのかに香る。

改めて完璧な女性だ、と萌花は思った。人種が違う。

有紗は「お待たせしました」と言い、裏から出ましょう、と踵を返した。

裏口から出て、しばらく歩き進んだ所で一歩前を行く有紗が言った。

「野島次長は怪我をされて本日お休みしました。昨夜、この近くで襲われたのです」

萌花はぎょっとして立ち止まった。

「私は現場を目撃しました。犯人はあなたのことをよく迎えに来ている彼氏に似ているように思いました」

萌花はぶるぶると震えだした。

「あなたもインターンシップで入ってきて、担当と関係ないのにやたらと野島次長にコンタクトを取ろうとしていましたね? あなたの彼氏とどう関係があるのですか?」
「し、知りません…」
「あなた…!」

有紗は振り返り、萌花に近づいて言った。

「次長は殺されかかったんですよ? 知らないですって? あんなに怪我しておいて、次長は警察に届けようとしなかったんです。顔見知りだからって。どういうことなんですか!?」
「あ…殺されかかったなんて…そんな…」
「あなた…本当に知らないの?」

萌花は震えるまま何度も頷いた。

「あなたの彼氏と次長との関連にも心当たりがないと?」
「そ、それは…」

遼太郎が稜央の父親である事は言えない。萌花は言葉を濁すだけだった。

有紗は悔しくて涙が溢れた。
私の一番大切な人が襲われて、殺されかかったのに!!

萌花は有紗の涙を見て強い罪悪感を覚えた。

「ごめんなさい!」

萌花は謝るしかなかった。

「謝るということは、心当たりがあるんですね!」

有紗は怒りと哀しみに任せて涙を流しながら叫んだ。

「ごめんなさい…」

萌花も泣き出し、有紗は「真実を突き止めますから」と言い、去って行った。

“稜央くんを止めないと…!”

稜央の携帯に電話をかけるが、電源が入ってない旨がアナウンスされた。
自分が思っていた以上に大変なことになってしまっていたと、萌花は愕然とした。

* * *

萌花が家に戻ると、灯りも点けずに稜央はベッドに横たわっていた。

「稜央くん」

語りかけると、うつろな顔をこちらに向けた。

「稜央くん、野島さんを…襲ったの?」

その言葉に稜央は飛び起き、怯えた表情をした。

「やっぱりもう大騒ぎになっているのか…?」

か細い声で稜央が呟く。

「同じ部署にいる女の人が今日私を呼び出して…。私が稜央くんといるところも見たことがあるみたいで、昨日野島さんが襲われたのだけど、その相手があなたの彼氏に似ているって、言われたの」

稜央はあの時現場を見て叫んだ女性のことだ、と思った。稜央は唇を噛んだ。

「ねぇ稜央くん。怖いことしないって言ったよね。前のあの時、杉崎さんの時…やっぱり私、稜央くんに何かあったらって思うと怖くて。私の前からいなくなっちゃうんじゃないかとか、遠いところに連れて行かれちゃうんじゃないかって」

稜央は唇を噛み締めたまま黙っている。

「私のためにっていう気持ちはすごく嬉しい。私も杉崎さんのことは本当に許せなかったし、憎かった。でもそれで稜央くんにもしものことがあるのは絶対に嫌なの。
ただ今回は…稜央くんがしたことは決して良いことじゃない。相手は稜央くんのお父さんなのに、どうして…」

萌花はその先の言葉があまりにも恐ろしく言い憚れた。
稜央は俯き両手で顔を覆った。

「俺…捕まるのかな」

怯えた声で稜央が小さく言う。

「警察には届けないって…言ってるみたい」

萌花の言葉に稜央は顔を上げた。

「顔見知りがやったことだからって…」

再び稜央はうつむき両手で顔を覆った。

「…謝りに行こうよ」
「謝る?」
「だって野島さん…稜央くんのこと気遣ってくれてるんだと思う」
「あ…謝って済むのかよ…嫌だよ…俺もう、アイツに会いたくない」
「でもこのままでもだめだよ!」
「俺も別に…あんなことしたかったわけじゃない…」

稜央は顔を覆ったまま肩を震わせ、困った萌花はそっと稜央を抱き締めるほかなかった。


稜央が何とか眠りに着くと萌花は起き上がり、スマホを手にした。
何かあったら、と以前聞いておいた稜央の母、桜子の連絡先を表示させた。

それでもまだ迷う。
稜央は母が介入することは決して望まない。
母もまた現状を知ったら大きなショックを受けるに違いない。

けれど遼太郎に怪我をさせてしまった。
稜央の心もボロボロだ。

萌花はメッセージ画面を開き、今日は遅い時間だから、明日改めて相談に乗って欲しい旨を書き、送信した。

その直後、画面にメッセージの着信が通知された。

相手は、野島遼太郎だった。




#50へつづく

※ヘッダー画像はゆゆさん(Twitter:@hrmy801)の許可をいただき使用しています。

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