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【連載】運命の扉 宿命の旋律 #4

Prelude - 前奏曲 -


「萌花~! 何組だった?」

4月。高校の入学式終了後。

川越萌花の元に小学生の頃からの親友、佐々木彩結衣が駆け寄る。

「1組。結衣は?」
「あたし5組。ちょっと離れちゃったね」

残念、と結衣はため息をついた。

萌花と結衣は、県内でも随一の進学校に揃ってこの春進学した。

試験も一緒に受けに来て、合格発表の時はさすがにどちらかが落ちていたらどうしようと必要以上に緊張したけれど、2人の番号を見つけた時はお互いに抱き合って喜んだ。

けれどクラスは少々離れてしまった。

「まぁ仕方ないよね」
「萌花は部活、入る?」
「…ちょっと勉強ついていけるか心配で。様子見ようと思ってて」

結衣は萌花の背中を叩いて言った。

「なぁーに言ってるのよ。入学出来たんだから大丈夫でしょう?」
「侮れないと思ってて。授業のコマ数も多いじゃない? 結衣は? 引き続きバドを?」
「もちろんよ!」

結衣は中学の3年間バドミントン部に所属しキャプテンも務めた。

「結衣こそ絶対大丈夫だわ。高校でもひょっとしたら全国大会とか行っちゃうんじゃない?」

2人は楽しげに話しながら昇降口に向かった。

「ねね、萌花のクラスに誰かカッコイイ人とかいた?」

結衣が萌花に腕を絡めながら訊いてきた。
萌花はすぐに首を横に振った。

「さ、さすがにまだ入学式だよ。全然把握してないし…。結衣はなに、もう見つけてるの?」
「へへーん、チェックはしたよ! そこそこいる…かな?」
「早すぎるよ~」

2人は笑い合いながら共に駅に向かった。

* * *

結衣とは中学2, 3年で同じクラスだった。

3年間ずっとバドミントン部だった快活な結衣に対し、萌花は音楽鑑賞クラブという同好会みたいなものに所属し、ただまったりとクラシックのCDを聴いて感想を書く、ということをしていた。特段楽器を演奏するでもなかった。

萌花は勉強は一生懸命やれば出来る、そういうタイプで、結衣は文武両道。叶うわけがないと思っていた。

そんな萌花と結衣が仲良くなったきっかけは、萌花が小学校5年生の時に起こった、ある事件がきっかけだった。

当時萌花には8つ離れた兄がいた。結衣も8つ上の兄がいる(結衣は更に4つ上の兄もいる)。
つまり萌花と結衣の兄は同級生だった。

萌花の兄はおとなしかったが、優しくて頭が良かった。
そして部屋で音楽をよく聴いていた。萌花が音楽鑑賞クラブに入ったのは、その影響もあった。
友人も多く、よく何人かが家に遊びに来ていた。
その中に結衣の兄もいた。

その萌花の兄が、自殺をした。
二十歳の誕生日の直前だった。

自室のドアノブにビニール紐が括られていた。それで首を吊った。
第一発見者は萌花だった。

前日までいつもと全く変わらずに、食卓ではもうすぐ中学に上がる萌花にあれこれとアドバイスするようなことも話していた。

何が起こったのか、全くわからなかった。

父は "事故だ" と言った。
遺書はなく、本当の理由はわからない。

萌花はひとつ屋根の下に一緒に暮らしていて、自殺に追い込むような兄の変化に全く気が付かなかったことに自分を責めた。

葬儀には結衣も兄と一緒に来ていた。そこで互いに同い年だということを知った。

小学校は別々だったが、結衣は萌花を訪ねてくるようになった。
結衣は自分の兄から色々聞いたのだろう。
小学生の萌花にとっては、誰かがぴったりと寄り添ってくれることが、本当に有り難かった。

2人は共に同じ中学に上がり、1年の時はクラスが違ったが2年になって同じクラスになると急接近した。

結衣は快活で萌花とはタイプが違うけれど、違うがゆえに返って居心地が良かった。

自殺者を出した家族は何かと肩身の狭い思いをすることも多かったが、結衣はそんな態度は一切取らなかった。

高校進学時、萌花は兄が通った高校に行きたいと思った。
県内随一の進学校で、仮に入学出来たとしても相当厳しい日々を送る事になると、中学の進路指導では言われたが、押し切って受験した。

結衣もまた、同じ高校を受けると言った。

そして2人はめでたく、希望通り進学することができた。

* * *

2限と3限の間の少し長めの休憩時間によく結衣は萌花を訪ねてきた。

「ねぇねぇこの人、めっちゃカッコよくなーい?」
「なに、クラスの人?」
「そうそうー。コソ撮り」
「訴えられるよ~」

スマホで撮った写真を眺めてニヤつく結衣だが、こう見えても本当に頭が良くて、クールなのだ。
羨ましいな、と思うこともある。

けれどそう思ったところで、どうしようもない。

「萌花のクラスにもさ、タイプの人がいるんだよね~」
「えっ、うそ? 誰?」

結衣は教室を見回し、あそこあそこ、と小さく指をさす。
その先にいたのは、確か千田悠人という名だった。

「バドミントン部で一緒なんだけど、メガネでスポーツとかってメロメロしちゃわない?」
「べ、別に私は…」

千田悠人の周囲には3人ほど集まっている。彼は背も高いしルックスも良い、これまた文武両道そうな印象だった。

「メガネでスポーツ、ねぇ…」

萌花は "自分には縁のなさそうな話" として聞き流していた。

チャイムが鳴って結衣が「じゃあまた後でね」と自分の教室に帰っていく。

それとすれ違うように入ってくる、萌花の隣の席の男子生徒の姿が見えた。名前は川嶋稜央りょうと言った。

彼は休み時間になるといなくなる。チャイムが鳴ると戻ってくる。昼休みもそう。
たまに分厚い本を抱えて歩いている。ナントカ概論という文字が辛うじて読み取れた。
そして誰とも一言もしゃべらない。

そういうよくわからなくて気味悪い人が隣の席、だった。

それが2ヶ月後の音楽室で、萌花はまさにグリーグから『運命』を叩きつけられたのだ。



#5へつづく

※ヘッダー画像はゆゆさん(Twitter:@hrmy801)の許可をいただき使用しています。

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