それは突然やってきた。
2008年。
地元の花火大会の帰り道はものすごい人混みでした。
旦那さんと家まで帰ろうと歩いているときに逆方向から
すごい人たちが信号を渡ってこっちに向かって歩いてきました。
その時はあまりの人混みや避けようとしても避けてこない人たちに
私も苛立っていました。
そこに小学生ぐらいの男の子が走ってきたのです。
そしてその子は私にぶつかり、尻もちをついてしまいました。
でもその時の私の心情は
『後ろにすぐ親御さんがいるのに、なんでこの人混みの中走ってて何も
言わないんだ??』という思いでした。
しばらくして、その思いは突如やってきました。
『あの子、大丈夫だったかな、尻もちのみならず
頭打ってないかな・・・』
私はもともとアンビリーバボーやザ!世界仰天ニュースといった
類のテレビ番組が大好きでよく見ていました。
その思いが突如出てきた時も、以前上記のテレビ番組内で
その時は大丈夫だったけど時間の経過と共に急変した子供の話
が放送されていたのを思い出したのです。
もうパニックでした。
旦那さんがあまりに心配する私を見かねて、男の子が
尻もちをついた場所まで戻りましたが、もちろん誰もいません。
旦那さんも
『ほら、大丈夫だよ』と言って帰宅しました。
でも、もうその思いは止まりません。
ちょうど職場の同僚から仕事のことで連絡が入っていたので
その話を伝えるとしばらくして
『どのへんでぶつかったの?』とメールが来ました。
場所を伝えるとまたしばらくしてメールが。
彼女の彼が警察に電話をしてくれてそのような事故の報告はないって言われたから安心して!という連絡でした。彼女も心配性で以前から
共感しあうところがあったので、理解してくれたことはとてもその時の
私は救われました。
でも、やっぱり
何日しても気持ちが晴れない。
また別日に友人があまりにひつこい私を見かねて
『よし、自分で確かめるのが一番だよ』と
ぶつかった場所近くの交番に付き合ってくれました。
親切なお巡りさんが話をじっくり聞いてくれました。そして
『あの日は何万て人が花火大会に来ていて、高齢者の方が転んだとか
本当にたくさんのことがありました。でも、そういった話は受けていません。心配しないでいいよ』と言ってくださいました。
友人もなだめられる私を笑ってみていて、お礼を言って交番を後にしました。
・・・すると
『あ、私、お巡りさんに自分が男の子が来るのが見えていたのに
避けなかったってきちんと言ってない!』
という思いが消えなくなりました。
今思えば
強迫観念に襲われる→強迫行為で取り払おうとする→違う観念も呼び込む
→強迫行為・・・という負のスパイラルにまんまとはまっていたのですが、
その時の自分は知る由もありません。
今度はその区の管轄の警察にメールを送り、再度確認をしました。
翌日ご丁寧に電話も下さり笑って『大丈夫ですよ』と
言ってくださったのです。その時は気持ちが久しぶりに晴れて
その日のお昼御飯が美味しかったのをよく覚えています。
でも・・・
数日たった頃、残業を終えて会社を出た瞬間の出来事です。
『現場で怪我しなかっただけで、自宅に帰ってから大変なことが起こったかもよ』と、もう自分ではない誰かが耳元で囁くように襲ってきた感覚でした。
ズドーーーンと音がするような大きな穴に落ちた気持ちでした。
ふりだしに戻りました。
再び交番に行きました。
『じゃあ、何かがあったら連絡しますので連絡先を教えてください』
と違うお巡りさんが対応してくれました。
でも、自宅に帰ってから『あの書いた連絡先の電話番号、合ってないかもよ。』という声が。
旦那さんもそれはもう呆れていました。
強迫性障害という病気が存在することを私すら自覚していなかったのですから、旦那さんが理解できるわけもありません。
でも、誰が何と言おうと再度交番に行かなければ気が済まなくなっていたのです。
交番に行きました。
電話番号も合っていました。自宅に戻りました。すると・・・
『心配ならコピーとってくればよかったのに』という声。
再び交番に電話をかけました。
『まだ気にしてるの?』
呆れています。
コピーはいただけませんでした。
そこから、旦那さんも、友人も、兄弟も、なにより
自分自身も何かこれは大変なことになっているのではないか
と感じ始めたのです。
親友に話した時
『なんか話しているとき、別人みたいでこわい』
と言われ、まわりからの勧めもあり
心療内科への受診を決意しました。
もうその頃には心が疲れきっていました。
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