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神様は~って言うけどさ

自分に向けてるのか、自分以外の誰かに向けているのか分からないけど。


神様は、乗り越えられない試練は与えない。ってよく言うじゃない。

数年前の私は色んな出来事に打ちのめされて、1年の半分以上を泣いて過ごした。
夜が怖くて、無音が怖くて、1人が怖くてどうしようもなかった。
目を閉じるとくっきり思い出される光景が辛くて。
とにかく怖くて、辛くて、悲しくて、眠れなくて、苦しかった。
少しでも暗くなると家に帰れなくなって、車の中で過ごしたこともある。
ひたすら怯えて、自分が変なことを考えないことに必死だった。


数年たった今も乗り越えてはいない。
一生乗り越えることはないんだと思う。
でも、泣いて泣いて泣きまくる。みたいな日常ではなくなった。
夜が怖いと感じることも、眠れないこともなくなった。

それでいいんだと思う。
乗り越えなくたって、寄り添えればいいんだと思う。


これから先、きっとまた唐突に苦しくなる瞬間がある。今もそうだから。
そんな瞬間があってもいいと思う。そう感じてしまうことは悪いことじゃないよ。
たしかに時間が傷を癒してくれた。でも傷が無くなることはない。
いつまでも消えない切り傷の跡みたいに。


誰にでも恋愛だったり、仕事だったり、友達、家族、自分自身、、、色んな辛い経験があると思う。
その傷がトラウマになった人もいるだろうし、跳ね返る力になった人もいると思う。

私はものすごく小さなこと、当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなかったんだなって気付くきっかけになった。
住む家があること、食事があること、仕事があること、車で行きたいところに行けること、自分で稼いだお金で生活できること、友人がいること、家族がいること。

音楽を聴いて心が動くこと、映画を観て感動すること、小説を読んで知らなかったことを知れること。
何かをしたい、これが食べたい、この服が欲しい。欲があること。

何かを見て面白いと感じること、逆に悲しいと感じること。

どんな小さなことでも自分に関わってくれている人がいるということ。


苦しい毎日に耐えて耐えて過ごした日はほんとに辛かったし、しんどかった。
こんな思いがこれから先もずっと続くのかと思って、ゴールが見えなくて、自分がこれ以上踏ん張れるのかも分からなかった。
もう本当に耐えられなくて、全てを諦めてしまいたかった。
いつになったら、「大丈夫」になれるのか分からなくて。
誰かに話を聞いてほしかったし、誰にも構ってほしくなかった。
真逆の感情が自分の中にぐるぐるして、ぐちゃぐちゃだった。


今、やっと「大丈夫」になれたような気がする。
乗り越えてはいないけど、乗り越えなきゃいけないとも思わなくなった。
正解が分からないし、そもそも正解はないんじゃないかな。
これからも今までどおり寄り添って、たまにくじける日もあったりして、
それでも生きてるからいいと思う。


必死にもがいて苦しんだ数年前の自分に伝えたい。

試練は乗り越えなくてもいいんだよ。
もう、そんな体育会系の考えに縛られなくていいよ。
乗り越えられないことは悪いことじゃない。

そこまで必死に頑張らなくても大丈夫。
でも、頑張ってもいいんだよ。
そんなに自分のことを責めなくていいよ。
自分が自分なりの道を見つけられたら十分だよ。

さりげなく気遣って姪っ子たちと遊びに来てくれる兄たちと、
目いっぱい泣かせてくれてハグをしてくれた姉と、
自分に関わる人に感謝と思いやりを忘れないで。
温かい気持ちを忘れないで、リスペクトを忘れないで。

残ってしまった傷は、少しだけあなたを優しくしてるよ。

自分のことを守ってね。


おわり。






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