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アンダードッグ&プッシーキャット

世の中に対して言いたいことなんて無いけど、ひとつだけ言わせてもらうとするならば、バンド活動だけはやめておけ、それだけだ。
そこでなんでだって問いかけてくる奴、絶対に向いてないからやめとけ。バンドマンは究極の社会不適合だ、他人の言葉に耳を傾ける真っ当な人間なんて、絶対に社会不適合者とは合わない。うなぎに梅干し、スイカに天ぷら、トマトにコーヒー、常識人にエレキギター。後ろに行くほど食い合わせが悪くなるけど、常識人とエレキギターより駄目な食い合わせなんて独裁者と核兵器くらいだと思う。
反対に最良の組み合わせは、私の知ったこっちゃない。私の世界にそんなもんはねえ。

……いや、あったわ。正義感とメリケンサック、もしくは安全靴。なぜなら鉄は最強だから。ロックよりもメタルの方が強い。硬度が違うし、社会不適合度も1ランク違う。
クズがロックスターのステータスなら、メタルのクズはデフォルト装備だ。ドラクエでいうところのヒノキの棒だ。オッケー、ちょっとスライム殴ってくるわ。


というわけで、今、私の目の前にはちょっと小ぎれいなアパートの窓ガラスに、ギターが思い切りぶっ刺さって、中の照明がちかちかと点滅している最低でロッキューな光景が広がっている。
わあ、素敵、エレクトリカルパレードみたい。なんて浮かれる乙女はもう10年近く前に卒業した。エレクトリカルパレード、1回も見たことないけど。
今は寝起きメビウスとストロングゼロ学園に入学してる。よくサラリーマンのみなさまが、仕事後のビールは最高だ、というけれど、ビールはなにもしてなくても最高だし、不思議とストロングゼロはなにもしてなかったら虚無だ。ゼロには何を掛けてもゼロ、つまりは虚無。それの強。まさにストロング虚無。
メビウス吸って、ストゼロ呑んで、ストゼロ呑んで、メビウス吸って、ストゼロ呑んで、だけども魔法は掛からないし、現実は何も変わらない。それを延々と永遠にループする、まさにメビウス。
虚無のメビウスループ地獄。

あ、ギターが重さに耐えかねて部屋の中に吸い込まれていった。現実、ちょっとだけ変化。

部屋の主は未だに出てこない。ここまで大変なことになってて、なおも居留守ぶっこいてやがるなんて、なかなか1本筋の通ったクズ野郎だ。イギリスだったらきっとスターになっていたことだろう、今から渡英して来い。フィッシュアンドチップスが本当にまずいのか確かめてこい。そして400字詰め原稿用紙100枚くらいにまとめて長編大作送ってこい。すぐに着払いで送り返してやっから。

部屋の主は私が高校生の時からやってるインディーズバンド、そろそろ10年選手になるというのに未だに誰もチケットノルマを達成できない、逆に才能に溢れすぎてんじゃないかって噂のバンド、ジャンルはゴリゴリのデスメタル、その名も【負け犬も歩けば棒が刺さる】のメンバーでギターの男。去年抜けたドラムの代わりに何故か入ってきた奴で、ドラムもドラムで朝は起きれず夜は酒で動けず昼は鬱でなにも出来ずな、なかなかどうしてな社会不適合者だったけど、こいつは金と時間と女にだらしないタイプのいわゆるアクティブなクズだ。
ちなみにドラムは今、どこか遠くの町の閉鎖病棟に入ってる。面会に行ったことはない。
「おい、クズ。出てこい、クズ」
ちなみにクズは奴自身の性質と生態を簡潔かつ的確に表した言葉だけど、奴の苗字は葛谷という、全国の葛谷さんには申し訳ないけど、そんな苗字に生まれてしまったからには清く正しく生きるしかないって思わずにいられない苗字・オブ・ザ・イヤー毎年連覇達成な苗字なので、クズはクズであるけれど決して悪口ではないのだ。
今は悪意でしか口にしてないけども。

私は私で毒島三日月という駄目な食い合わせみたいな名前をしてるけど、これは私のせいじゃない。親が悪い。もっというと社会とかそういうのが悪い。あと神とか。
なんせ毒の島と書いてブスジマだ。三日月と書いてミカヅキだ。そっちは普通なんかい。
あ、申し遅れました。毒島三日月です。名前は覚えなくていいので顔と音を覚えて帰ってください。こんな自虐的な挨拶も定番になって8年ほどになる。
ちなみにバンドメンバーは最初こそ正統派にギター、ボーカル、ベース、ドラムと揃っていたものの、気が付けばひとり辞め、ひとりふたりと入れ替わり、なんか急に増えたり、やっぱり減ったりして、結成時のメンバーは私だけとなり、なぜか今ではギターが4人になって、名前以上にふざけたバンドにいつの間にかなったのだ。

当然、そんなふざけた奴らがまともに活動できるわけもなく、ライブで全員揃うことなんて奇跡だし、私はドラムやったりベースやったり、本業のギターを弾くこと自体珍しくなったし、そのギターも勧善懲悪で鉄拳制裁といわんばかりに突き刺さってる。
メンバーや他のバンドから金を借りるだけ借りて逃げたクズをぶん殴るために。
私が貸した5万円を返してもらうために。

たかだか5万で人を殴るのか、なんて人は言うと思う。
でも5万円はそいつにとっては5万円かもしれないけど、私にとっては5万円ではないのだ。いや、5万円は5万円だけど、重みが5万円ではないのだ。
家賃1万8000円、スマホ代4500円、光熱費水道代1万円、タバコ代酒代3万円、食費2万円、その他保険とか年金とか猫の餌代とか諸々合わせて、しめて余裕の10万オーバー。そんな生活を送ってる貧乏ミュージシャンの5万円と世間の5万円が同じなわけあるかいって話だ。
だから頭をかち割ってでも取り戻さなきゃならないのだ。

「おい、出てこい! クズ、出てこい!」

私はギターの首根っこを掴んで振り上げて、舞い散る硝子がちょっと綺麗だなとか思いながら、再び鉄槌のような一撃を繰り出したのだった。


・ ・ ・ ・ ・ ・


吾輩は猫である。名前はカツオブシ。
毒島さんの部屋のベランダに住み着いて早3年、家主の失態も醜態も何度も見てきたけれど、今日の醜態は特に酷かった。
なかなか帰ってこないので胴を長くして待っていたら、ボロボロに壊れたギターを肩に担いで、あちこち痛んだスカジャン姿で戻ってきたと思いきや、まさかの部屋を間違ていたという大失態。
吾輩の食費を取り返しにいったはずが、窓ガラスの修理代、部屋の修理代、おまけにベコベコにへこませたドアの修理代で所持金はゼロを大きく下回ってマイナス、メンタルも大幅にマイナス、あと社会的な部分でもクズを下回るマイナス。暴力とだらしなさでは圧倒的に暴力の方が悪とされるのだ。
そんな悪の権化こと毒島さんは、狩りの前の猫のように頭を地面に擦りつけて、尻だけはちょっと持ち上げる姿勢で号泣している。泣いて許されるのは少女の頃だけ、というのは毒島さん本人の言だけど、当の毒島さんはとっくの昔に少女は卒業してるけど号泣している。
ちなみに今日から前科者に入学した。お祝いを下さい、出来ればちゅーるで。

「もうやだー!」
「もうやだーじゃないでしょ、なんで部屋間違えるのかね? 人間のくせに馬鹿なのかね?」
「そうかー、カツオブシー。お前だけは私の味方してくれるかー。かわいいにゃー、かわいいにゃつめー」
毒島さんは馬鹿だから猫語がわからぬ。今日日、人間だって母国語とちょっとの英語は喋れたりするのに、日本語しか喋れないなんて、なんて駄目な人間だ。学べ、猫語を。
「いいかね、毒島さん。まずは簡単な言葉から覚えるといいよ。リピートアフタミー、ちゃおちゅーる。セイッ!」
「カツオブシー、お前はいい奴だなー。猫だもんにゃー、人間は全部クソだけど猫だけは正義だもんにゃー」
駄目だ、学ばせる以前の問題だ。ちょっと小学校からやり直してきてくれないかね。

「よし、決めた! カツオブシ、私はもうバンドを辞めるぞ! 時間も法律も常識も約束も守れないような社会不適合者共、こっちから願い下げだ!」
かくいう毒島さんも、朝起きれなくて何度もバイトを遅刻したり、法律はまさに今日破ったところだし、常識があるかといえばそもそも初手でギターで窓を壊すなんて選択肢を取るのは非常識そのものだし、吾輩のごはんを豪華にするという約束は未だに果たせてないから、控えめにいってもクズなロックスターと大差ないのだけれども。
思うに社会不適合者は音楽か演劇か詩か小説をやってた方がいい。社会に合わなければ合わないほど、なんていうか味が出るから。その味が人体にとって有益かどうかはさておいて。

「そういうわけでカツオブシ、私は社会の歯車になるぞー!」
無理だと思うけど、まあせいぜい頑張りたまえよ。絶対に無理だと思うけど。


・ ・ ・ ・ ・ ・


「やってられっかよ、馬鹿がよお!」

貧乏人の嘆きは愚か者の涙、ズレた歯車の奏でる歯軋りはみなごろしのメロディ、今まで周りが社会不適合者ばっかりで忘れてたけど、私も立派な社会不適合者の一員だったのを嫌でも思い出させる社会への馴染めなさ。
まさか会話も成立しないほど相手がなに言ってるかわからないし、少なくとも仲良くできるとは思えない程度には相手がなに考えてるかわからない。
人によってはどんな相手でも上手いことあしらったりするんだろうけど、なんせ相手は私にだけ挨拶もしないし、話しかけても私にだけ返事もしない、けれども他の人たちにはペコペコと調子よくお喋りするような、なにひとつとして理解できない銀河の果てよりも遠くから来た宇宙人だ。
宇宙人むずかしい、宇宙人わからない。宇宙人と仲良くできる人間もわからない。私にわかるのはコードの押さえ方とギターでの殴り方だけ。
「にゃあーん」
カツオブシはきっと、大丈夫、毒島さんは頑張ってるからそのうちいい職場と巡り合えるよ、とかなんとか言ってくれているに違いない。だって毎日いいもの食わせてやってっから。

「あーあ、仕事したくねーなー!」
今日もそんなことを言いながら、スマホに向かってペチペチと心の澱のような文字を撃ち続けて、とにかく酒以外のカロリーになりそうなものをありったけ流し込みながらギターを弾き、ぎりぎりかろうじて楽曲の形にまで磨き上げて、愛すべきだけどそんな気持ちにもならない、どうしようもない社会不適合者たちと一緒にスタジオに入るのだ。
だってそうでもしないと、1秒だって正気を保てないから。

こんな社会やってられっか。私は歌って酒飲んでくたばるんだ。


(おしまい)


えーと、ザ・勢いです。寒いので勢いが走り過ぎました。世界のバンドマンのみなさまごめんなさい。