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宵闇のころ|酒の短編02

床に置いた空き缶に西日があたり影をつくる。布団から顔だけ出し揺れるカーテンを眺めていたら、夕焼けが部屋の中まで入りこんできた。何もしない休日ほど早く過ぎる。

「ここまで影が、とどいたら、ちゃんと起きる」昨日の酒が残る頭で考えていると、風に乗って子どもたちの声。それはお神輿を担ぐ掛け声で、だんだんと近づいてくる。

転勤で移り住んだこの土地はお祭りが盛んで、田んぼの収穫を終えたこの時期は夜毎お囃子が聞こえ、どこかしらで花火が打ち上がる。一人暮らしは気楽だけれど、酔い醒めにふと現実に引き戻されると気分が塞いでやるせない。
頭の中、調子を合わせた掛け声が節になって鳴り続け、急に布団の居心地が悪くなる。これ以上部屋に居られない気がしてきて、身支度を整えて部屋を出た。

ドアを開けると外は薄暗く、近所にあるお稲荷さまに向かえば柔らかなあかりが灯っている。神社の向かいにある公園と公民館、その一画を車両通行止めにしてこの地区の秋祭り、宵宮が開かれていた。

公民館の前には町内会が出す屋台、生ビールやこんにゃくの味噌おでん、割り箸に刺した冷やしキュウリなんかが売られている。
婦人会の女性からビールを買って、神社と隣家の境目にあるブロック塀にもたれ飲む。ここまでは提灯や石灯籠のあかりは届かない。今日初めての水分が身体中に行き渡り、涼やかな空気が鈍った頭を覚醒させてくれる気がした。
境内には普段は無い舞台が据えられて、お神輿を担ぎ終わった子どもたちが出し物をしている。陰影に隠れ、やがて始まった奉納の舞を見る。舞台の上から放たれる暖かな光に魅かれながらも、「お前の在はここでない」と言われているような気がして、だんだんとビールの苦味ばかりが強くなる。人々の笑い声、思春期たちの声変わりや嬌声に掻き乱され、打ち上がる花火が照らす道を、追い立てられるように夜の街へ向かった。

アーケードを抜け、暗い路地を曲がり辿り着いたスナックで、出されたハウスボトルを飲む。隣り合った年配の男性と交わす他愛もない話。カウンターで水割りをつくる彼女は中国の人、オーナーはフィリピン人の女性で、日本人の雇われママは違う土地の出らしい。

暖かな光で掠れた気分を名の知れぬ焼酎で洗い流し、ようやく素面になれた。

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