1.7 この世は方便、考え方か。
この世とは流動的であり、何一つ定点たるものはない、
ということが唯一の定点であろうか。
なにもない、ということがあるいは「神」であろうか。
否定こそが真実に到達する。否定にしか、真実は宿らない。
真実を固定されたものとしていた「神」は失われ、固定できない、とする「偽の神」が実は「真の神」であることをあらわにする。
孫引きだが、上記はつまり神を外部から輸入しよう、悟ろうとする気持ちの誤りを指摘しているように思う。
一人一人に真実があり、神があり、真の「私」がある。
自分さがし? それもいい。
私などはない? それもいい。
時間もない?過去も未来もない?? そうだねえ。
なにもない不安定さの上にたって、生きてゆくしか、ないのだろう。
(宗教者、と呼ばれる人たちが肉薄しようとする姿、その姿に惹かれますね)
お志本当に嬉しく思います。インプットに努めよきアウトプットが出来るように努力致します。