マシュー・マクファディンが実在の政治家、ジョン・ストーンハウスをナルシスティックかつコミカルに好演。事実に基づいたドラマ、『ストーンハウス』が小気味よいほど面白かった。
日本ではあまり知られていないかもしれないが、ジョン・ストーンハウスは実在の人物。ウィルソン政権下で航空大臣も務めた新鋭だった。プライベートでは3人の子供に恵まれ、安定した家庭を築いていた。
しかし、上記のハニートラップにかかってしまったことから、諜報員として、国家秘密を東へ運ぶスパイとしての役割を担うことになる。また同時に、秘書のシーラ・バックリーとも関係を持ち、妻を裏切る行為を続ける。スパイ行為から得た報酬を派手な車や豪邸に費やすが、瞬く間に生活は財政難に陥る。私立に通う子供たちの学費を滞納し、浮気も本気になり、袋小路となったストーンハウスが企てたのは自分の死を装う事だった。
毒舌で野心家のナルシスト、ストーンハウスを演じているマシュー・マクファディンの軽快かつコミカルな演技が素晴らしい。
正直、実物のストーンハウスほど二枚目ではないが(本人はかなりハンサムだ)、マクファディンの作る表情は、欲望、貪欲、二枚舌、強欲、野心、欺瞞など、大罪のほぼすべてを網羅している。実際、ストーンハウスは、政治的にも、家庭的にも、財政的にも破滅へと向かっているのだが、彼の無謀な無能さにもかかわらず、マクファディアン演じるストーンハウスは、その根拠のない自信とハンパない威勢の良さで、漫画的であり、茶番のようだ。諜報員として、ストーンハウスはチェコ側にコンコルドの発明を嬉々として伝えるが、この爆弾発言は実はその2日前に、フランスのテレビニュース伝えられており、チェコの担当者マレク(イゴール・グラブゾフ)から、「スパイで重要なのは、誰よりも先に情報を得ることだろう!」と叱咤され、「君は史上最悪のスパイだ」とダメ出しされる。しかも、知性が繊細さと同じくらい欠けており、堂々とスパイ資金を豪邸と新しいスポーツカーに注ぎ込むという間抜けぶり。視聴者は使えないストーンハウスをスパイに認定してしまったマレクに同情すら感じてしまう。不器用で尊大でナルシスト、それをコミカルに誇張した演技は、表情や仕草のひとつひとつが笑いを誘い、観ていて楽しいが「笑いのための芝居」ではない。その匙加減が最高なのだ。
ジョン・プレストンの脚本が英国的で素晴らしい。スノッブなセリフもリズミカルな会話で、笑いを誘う。
脚本を担当したジョン・プレストンは、ジェレミー・ソープを描いた『A Very English Scandal』(2018、こちらもヒュー・グラント主演でドラマ化されている)やアングロサクソンの船を発見したバジル・ブラウンの『The Dig』(2020、NETFLIXで映画化。邦題『時の面影』)などのノンフィクションの著者で、優れた作家。それ故、内面から滲み出る、ザ、英国人の描写が最高に長けている。ハニートラップに引っかかり、東側からスパイになるように命令されたストーンハウスが最初に発した言葉は、「報酬はもらえるのか」という何の立場もわきまえないセリフだし、チェコ側の秘密のミーティングに到着するストーンハウスはインターフォンで「ストーンハウス。ジョン・ストーンハウス」とジェームス・ボンドさながらに大声で名前を告げるのも見ていて滑稽だ。妻バーバラ(キーリー・ホーズ)の、家や車など、これらの資金はどこから出ているのかという質問に対する答えが、「ダーリン、どちらがロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを卒業しているんだい?」だったり、サーカスティックなことこの上ない。そして、選挙活動で地元の病院を訪ね、患者である有権者たちに彼が放った言葉は、「皆さん、とてもお元気そうですね 」だ。
妻、バーバラ役を演じるキーリー・ホーズの、心の葛藤と真の強さを示す繊細な演技にすべての妻たちは、感情移入してしまうだろう。
ストーンハウスを演じたマシュー・マクファディンと妻バーバラ役キーリー・ホーズは実生活でも夫婦だ。彼女の諦観に満ちたストイックな表情は私たちの同情を誘い、夫の悪ふざけがエスカレートするにつれ、信じがたいような、歯がゆいような、情けないような思いが伝わってくる繊細な演技をみせる。ストーンハウスが失踪中も、オーストラリアで逮捕され、浮気が発覚した後も、バーバラは子供たちのことを考え、家族としてこの難関を乗り切ろうとする。しかし、都合の良い夫の二枚舌に、彼女の長い間抱いていた憂慮は、怒りへと変わる。言い訳できなくなったストーンハウスが、説得力のないまま崖から飛び降りると脅迫した時、バーバラが「やれば!?一度死んでるんだから、少しは練習したでしょ。今度はもっとうまくやれるかもしれないわよ!」と叫ぶところは、観ていてスカッとする瞬間だった。
人生としてはかなり数奇と言えるだろう。しかし、このドラマを観る限りでは、ストーンハウスは人生を深刻に捉えたことすらあったのだろうか、という疑問が残る。政治家としての野心はあったものの、その根拠どころか能力すら無く、ハニートラップでも失態というよりは、そこからの報酬のほうに興味があり、最終的にはシーラと一緒になり、息子までもうけたものの、バーバラには、最後まで愛しているのは君だけだ、と嘯く。
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ハロルド・ウィルソンが首相を辞任した後、ストーンハウスは労働党幹部を辞任。その後、1980年1月から、イースト・ロンドンの慈善団体「コミュニティ・リンクス」のボランティア資金調達を担当。彼は社会民主党(SDP)に入党し、後に自由党と合併して自由民主党となった。1980年6月、破産を免責され、ストーンハウスは3冊の小説を書き、残りの人生をテレビやラジオ出演に費やしたが、そのほとんどは自分の失踪について語るものだった。
1988年3月25日、バーミンガムで放送された『セントラル・ウィークエンド』の行方不明者に関する番組の撮影中、ストーンハウスは現場で倒れる。3週間後の4月14日未明、ハンプシャー州トットンのデールズ・ウェイの自宅で再び心臓発作に襲われ、その生涯を閉じた。62歳だった。
(終わり)
今回脚本を担当したジョン・プレストン原作のドラマ化がこちら。
単なる考古学ロマンでもお宝発見ドラマでもない。『The Dig(時の面影)』を観るべき5つの理由。|近藤麻美 ロンドン在住フリーランスライター|note
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