理想郷

あなたの目と、私の目を通して見たこの世界では、何が、どんな風に違って見えるのだろうか?太陽の光の具合は、同じように見えるのだろうか?あなたには、すべてが幸せに見える世界も、私には悲壮感あふれる世界なのかもしれない。私には秘密がある。知らない人には容易に打ち明けられる秘密。だけど、近くにいる親しい人間にはその秘密は打ち明けられそうにもない。

私は男として生まれて、女になりたかったのかもしれない。いや、むしろ性別を超えた中性的なものになりたいと思っている。

近頃、私の勤める店にはゲイのカップルやトランスジェンダーのお客様が多く訪れる。彼等、彼女等を見ていると羨ましくなって、私も仲間に入れてほしいと切実に願う。私の連れの父親の再婚相手はトランスジェンダーだ。何も包み隠さず生きている彼等が羨ましい。私は連れにさえこの秘密を告げられずにいる。

こわいのだ。本当の事を話しても理解してもらえそうになくて。こわいのだ。吹っ切れて後戻りできなくなりそうで。偽りの現実は残酷すぎる。自分にさえ嘘を吐き通していかなくてはならないのだから。憧れだけでは終わらせたくなかった恋もあった。異国まで来たのはあの女のせいでもあった。

私は一人の連れと生涯連れ添うのは、やはり無理なんじゃないかと思い始めている。あの父の血が流れている。私は寧ろ何人もの連れと寄り添いながら暮らす、ポリガミー的なものに憧れているのかもしれない。

しかし、生まれてから一度も体の浮気はした事がない。心の浮気なら多々あるが。心の中は自由だから誰も傷つけない。体を介すと、自分だけの問題ではなくなる。だから理解してくれる人間たちと寄り添いたいのだ。誰も傷つけずに、互いを慈しみ助け合う性別を超えた私の理想郷。

私はちょっとの勇気が欲しい、ただそれだけだ。

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