有希子さんのこと


こっちに来て間もない頃、全てが真新しく私は気になる事は何でもしてみようと一所懸命だった。あるイベント会場で日本人の女性に声をかけられた。

―さっき、インタビューされてたでしょ?

彼女は語学留学をしている年上の女性だった。

ロック系のイベントだったので、私は気合を入れて着飾っていた。でも、声をかけてきたお姉さんは普通の格好で、普通の人に見えた。強いて言うなら、全くロックなんかに興味がないような感じだった。ところがどっこい、話してみるとかなりハードコアなロック、ヘビメタ、パンクのファンらしい。

フジファブリックの志村正彦にちょっと似ている、ふわっとした感じの人だった。

私たちは、同じ趣味の持ち主として、音楽系のイベントに良く連れ立って行った。

Misfitsのライブ後、結構遅くなってしまったので私は彼女の住むホテルに泊まる事になった。

ダウンタウンからちょっと離れた場所にあるそのホテルは主に留学生が利用しているようで、キッチンは共同だった。日本のワンルームマンションの様な部屋割りの簡素な住処。そこに有希子さんは一人で暮らしていた。

シャワーを浴びた後、有希子さんのパジャマを貸してもらった。私はパジャマというものを着る人間じゃなかったので、(いつもTシャツと短パンだ)新鮮だった。

有希子さんと私は小さなベッドで一緒に眠った。一匹狼の私は、特別な友達とつるんで特別な事をする、という経験が殆ど無かったので、友達と一緒に一つのベッドで寝る、という行為さえ新鮮でなかなか寝付けなかった事を覚えている。狭いベッドで時々あたる女の子の感触、という未知だった経験を私はしている、と考えただけでぐっすり眠る事は無理だった。

有希子さんには、アメリカ人の彼氏がいたので私とは純粋に友達として付き合ってくれてたんだと思う。

有希子さんは間もなく日本に帰国してしまって、それっきりだけど、もしあの時彼女が声をかけてくれてなかったら、私は友達と色々するという経験をできないまま大人になるところだった。

あなたに出会えて、よかった。ありがとう。

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