見出し画像

コインランドリー

みじめったらしいあの大学生活のはなし。
大学生になって初めて住んだレディースマンションは
一階が大家さんの営む食堂で
その隣に住民用のコインランドリーがあった。 
お金がなかったわたしは洗濯物を溜めて溜めて溜め切って
明日履くぱんつがなくなったところでいつも
そこへ洗濯に行くことにしていた。
その日もTシャツやブラウスやブラにぱんつを洗濯機に押し込んで
100円玉を放り込んで
ぐるぐる回る洗濯槽を見ながら
ボケっとタバコを吸っていた。
洗濯している間買い物にでも行けばいいのに
なぜかいつも洗濯機のそばを離れることができなくて
タバコを吸いながら
時々思いついたように例えばコインランドリーブルースとか
古い歌謡曲を口ずさんだりして
全ての服を洗い終わったら
どこかへ出て行くことも出来ずに部屋へ引き返して
ろくにシワも伸ばさないまま物干し竿に引っ掛けて
またなんとなくそれをボケっとながめたりして
そんな生活を送っていた。

自分はあまり、良くない生活をしているなと思っていた。

社会人になって一人暮らしをしても
洗濯機を買うお金がなかったので
コインランドリーに通っていた。
そこは汚い関西弁の飛び交う下町で
コインランドリーがおじちゃんとおばちゃんの社交場になっていて
わたしはおばちゃんによく
「あんた、アホやな!そんくらい200円で乾くでもったいない!」
と怒られていた。
おじちゃんはわたしのぱんつやブラをあまり見ないようにしてくれていて
「あんた、一人暮らしか。気ぃつけや」
と声をかけてくれたりした。

少しは人間みたいに暮らせてるかなと、思ったりしていた。

その街を出た時にわたしは洗濯機を買った。
聞いたことないメーカーの、小さな白い洗濯機だった。

わたしはコインランドリーに行かなくなった。

大人になって家族が出来て
洗濯機もちゃんと聞いたことあるメーカーの大きくて性能のいいやつになったんだけど
あまり出来の良くない主婦のわたしは
いつも子供の体操服やスモッグの洗濯が間に合わなくて
しょっちゅうコインランドリーに行っている。

この街のコインランドリーでは
子供の保育園のお父さんお母さんとか
顔見知りに会うことがあるけれど
なんとなく笑顔で会釈をして終わっている。

大人になった。
そう思う。

わたしはもう、孤独を抱えてタバコを吸いながら洗濯槽を覗き込むこともないし、誰だか知らないおばちゃんに乾燥機の使い方で怒られることもないし、小さな洗濯機で1人分の洗濯を細々と済ませることもない。

多分どれももう、二度とない。

だけど。

あの日に戻りたいなあと思うこともしばしばあって
そういう時は
わざと自分の服だけIKEAのショッピングバッグに詰め込んで
コインランドリーに行ってみる。
タバコはもう吸わないけれど
コインランドリーブルースを歌って
この量だと、200円で乾くかな?と呟いてみる。

きっとそういうとてもしょうもないことが
人生でとっても大事な時間なんだと
わたしはどうしてもそう思えてならないので
たぶんあしたも、コインランドリーに
行くのだと思います。

コインランドリーブルースを歌って
200円を握りしめて。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?