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ポッケが赤いふちどりのデニムと金髪のお兄さんの電話番号のはなし

神戸の片田舎から大学で大阪へ出て
ほんの少し都会というものに慣れてきたころ。
大好きなジーンズのお店があった。

古着風で、だけどちょっとだけギャルっぽくて
そこのジーンズを履くと
急に足が長くなってウエストがきゅっとしまったように見えるので
まるで魔法にかかったみたいな気持ちになれた。

そこで買ったデニムの中でも
ワイドで丈が長めで股上の浅い
ポケットのところが赤いふちどりになっているデニムが大好きで
よく自分に似合うと思っていた。

デニムを履いて
ミュールを履いて
ストールを絡めて
譲ってもらったサマンサベガのバッグをひっかけて歩くと
何倍も素敵な女の子になった気がして嬉しかった。

「デニム好きなら、古着とか合わせてみても可愛いかもよ」

ある日店員さんが教えてくれた。

系列店がなんばにオープンするんです。
よかったら遊びに来て。
アメ村とか近いから行ってみたら?
わたしよく行くねん。
おしゃれなもんいっぱいで楽しいよ。

店員さんは神戸出身の私にあれこれと教えてくれて
新しく出来る系列店のフライヤーを出してきて
地図と一緒に説明してくれた。

正直なところ、大阪とは行っても私がお買い物をしていたのはずっと天王寺と梅田で
間に挟まれてる「なんば」は「なんとなく怖い」というか
10代の女の子があまりひとりで行っちゃあいけないんじゃないかとさえ思っていたし
色んな意味で未知数すぎて
どうにも足が向かなかった場所だった。

「オープニングセールで、どれも20%オフになるから、絶対お得やで!!」

最後にお姉さんはそう付け加えて赤ペンでいろいろ書き込んだフライヤーをくれた。

それで私は、なんとなく怖いなあと思いながら
次の休みの日になんばに行ってみることにした。

地下鉄のなんば駅で降りると
どうやらお店よりもアメ村の方が近いようなので
私はまずアメ村に行ってみることにした。
ぎくしゃく、こわごわと歩きながらも
わーなんか、大人になった気分。
なんて思っていた。

初めて行ったアメ村は
「とてもごちゃごちゃしたところ」
だった。
おしゃれな服屋さんも面白い雑貨も怪しげなお店もクレープもたこ焼きも
とにかくぜんぶが雑多でごちゃごちゃしていて
あちこちに細い道があって
そこにもかしこにも楽しそうなお店があるもんだから
大阪に住んで間もない私には途方もない情報量すぎて
歩くだけで頭がパンクしそうだった。
道を間違えないように覚えるのに必死で
だけど全然覚えられなくて
何度も同じ曲がり角を曲がったりして
ミュールで来たことをひどく後悔した。

歩き疲れて喉が乾いて
それにめちゃくちゃ足が痛いなあと思って立ち止まったところに
小さな古着のお店があった。

立ち止まった私をお客と思ったのか
中からヒョイとお兄さんが顔を覗かせた。

「いらっしゃい」

びっくりして、いらっしゃってないけど、と思いながらぺこりと頭を下げた。

お兄さんはズタボロのジーンズを履いていて
ピタリとした黒のタンクトップを着ていて
髪の毛は金髪でツンツンで
いっぱいピアスが空いていて
サングラスをかけていて
しかもタトゥーもいっぱい入っていた。
お店の中からは甘くて気だるいお香の匂いがした。

「私の人生で関わったことないアイテムのオンパレード」

みたいなお兄さんだった。

「なんか探してる?」

お兄さんは言った。

黒のタンクトップと金髪とピアスとサングラスとタトゥーのシェアリングにすっかり怯えてしまった田舎者の私は
やっとのことで

「……えき。」

と言った。

「えき?」

お兄さんは片眉をあげて言った。

「……なんばえき。」

一瞬の間があって、お兄さんはめちゃくちゃ笑った。

「駅て!!服探しとんちゃうんかい!!」

迷子やねんなーとお兄さんは言って、親切になんば駅までの道順を教えてくれた。

いろいろとカルチャーショックすぎた私はもう、帰りたくて帰りたくて
アリガトゴザイマス
と片言で挨拶をしてそそくさとその場を去ろうとしたのだけれど
お兄さんは

「待って待って」

と言ってお店の中に入って、小さな紙切れを持ってきた。

「気が向いたら電話して」

紙切れには電話番号とお兄さんの名前が書いてあった。

090-×××-×××
片野ジュンペイ

「片野さん」

名前を読むとお兄さんはまた笑った。

「苗字かよ!!」

片野さんありがとうございました。
私は深々とお辞儀をして、ひらひら手を振るお兄さんにギクシャク手を振り返しながら駅へ向かった。
オープン記念のお店に行く元気は全然なかった。体中が「いろんな初体験」で疲れ切っていた。

アパートに帰ってお兄さんのくれた紙切れをしげしげと眺める。

「これはナンパだったのだろうか」

だけど田舎者ながらも、あのお兄さんは誰にでもこういうことをしてるだろうなと思った。
それで紙切れをそっと引き出しに閉まってそのままにした。

その後何度かアメ村にはトライして
「ふつうのお兄さん」がやっている「ふつうの古着屋さん」を見て回ったり
時には友達と占いに行ってみたり
開店セールは逃したけれど好きなデニムのお店にもちゃんと行けて
それなりになんとか、クリア出来たように思う。

「片野さん」とはその後また、一度だけアメ村で出会った。

「迷子になってへんか」

と言ってくれたけど電話番号の話は出なかった。

私はまた

「アリガトゴザイマス」

と片言で返した。

アメ村には慣れても、黒のタンクトップと金髪とピアスとサングラスとタトゥーには、やっぱり全然慣れなかった。
全然慣れなかったけど「片野さん」はたぶん、いい人だったんだろうと思う。

思えばこの頃から、私の人生とか、度胸とか、そういったものは全然変わってない。
おっかなびっくり慣れないものにトライして
それなりに飲み込むことは出来るんだけど
やっぱり最後までなんだか慣れなくて
おずおずしたりギクシャクしたり
なんとなくどこか怖がってるままで
だけど、それが別に嫌なわけでもない。

それが私の距離感なんだと思う。

パキッと馴染む場所はこの年になっても見つからないままだし
たぶんアメ村に至っては
今訪れてもなんとなく怖いままだと思う。
だけどそれでいいかなと
布団の上で思いを馳せる今日が
幸せだったりするのです。

ところであのデニムはやっぱり
魔法のデニムだったと思う。
素敵なお洋服って
とんでもない未知の世界に
ふっとワープして連れて行っちゃうような
そんな魔法みたいなことを
時々やってくれたりするものだと思うのです。

あのデニムはもう無くしてしまったけど
また出会えたらいいな。

おしまい。

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