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私の経歴

長野の山あいでのびのびと育ち東京都でもまれパリでももまれコロナによる経営悪化の煽りをうけ正社員の仕事をリストラされたアラフォー失業者の簡単な経歴

長野の某スキー天国で思春期までをのびのびとすごし、
ファッションの世界を夢見て東京に上京。
課題に追われる専門学校生を謳歌したのち池袋で正社員社会人と清掃業ダブルワーク生活で2年で200万円貯金をする。そして待望のフランス留学。1年目で夢に見たMarc Le Bihanのもとで研修ができ夢が叶ってしまう。でもまだ帰りたくない。

がしかし金がない。

全く日本に帰りたい気がおきずされど貯金残高は減るばかり。
どうにかこうにかあれよあれよと動いていたら
当時大統領であったサルコジさんの奥様、元スーパーモデルのカーラブルーニ財団の奨学金を獲得する。後援者はあのジャンポールゴルチェさん。高校時代に田舎の本屋で立ち読みしていた「MODE et MODE」にも登場していた雲の上の人にお会いし、研修もさせてもらえた。
この時は長野に住む田舎の少女と雑誌の向こうの世界がつながり感動した。

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そんなわけでで無料で私立の服飾学校オートクチュール組合が設立したエコール・ド・クチュール·ドウ·ラシャンブルサンディカル 通称サンディカに通える事になる。
真面目にやっていたら本人もびっくり首席で卒業する。
しかも日本の学歴=専門学校3年。
から一気に大学修士課程修了Bac+4のディプロムゲット。
学校のコネで有名メゾンで研修させてもらえる。

がしか契約には至らず学生ビザがもう更新できない事を知る。

ビザ更新できないから帰国するしかない。

と研修先から契約できないと告げられた事を夕飯時に4年前から同居していた仏人彼氏にスパゲティをもぐもぐしながら告げた。じゃあ結婚してあげる。もぐもぐ。パッカーン。そうしてロマンティックのロの字もない結婚の事務処理は終わり、私は新たなビザとともに小さなアトリエに就職する。
前ブランドでデザイナーのコミュ力の必要性に恐れおののき技術職のモデリスト(パタンナーとデザイナーの間のポジションのような仕事)に転向するべく舵をとる。ところがそこのクリエイターと馬が合わず10か月で離職し鬱の直前と診断される。
その後休息を経て大小数々の素晴らしいメゾンに正社員、契約社員、派遣社員といろいろな経験をさせてもらう。


最終的に落ち着いたメゾンで正社員職で平和に暮らしていたのだが
この度コロナによる経営悪化とのことで会社の半分ほどの人間が立ち退かなければなくなる。



セルフィーチャレンジ

コロナ下での失業期間中、家から出れない、仕事はすんなり見つからない。気持ちは鬱屈していく。。。
そんな自分に負けないように1日1枚セルフィーを撮ることを課しました。
携帯カメラで撮って出し。
アラフォーのしみ、しわをごまかさず小道具で隠し、なおかつ大嫌いだった自分の顔を好きになれる角度を探し「セルフィー」という今まで避けてきたものと戦い自尊心を高めるのが目的です。
また写真で一言大喜利と称して大好きなお笑い芸人に一歩近づきたい。。そんな思いを新たに毎日写真に笑えるタイトルをつけるよう努力しております。

こちらは他己紹介。自分で紹介するよりも聞いてもらうほうが結構細部までわかるものですね。お時間がある方はこちらも。是非。


最後に気になる人だけ読んでください。
私を作ったお笑い番組と芸人、そしてファッションデザイナーとブランド

芸人
ドリフ→志村けんのバカ殿様(志村けん)→笑う犬の生活(ミル姉さん)→ボキャブラ天国(フォークダンスde鳴子坂・桶田)→オンエアバトル(ラーメンズ、テツandトモ)→暗黒のお笑い見てない期→ 宮下草薙、空気階段、きつね、おいでやすこが←今ここ

デザイナー
 20471120→ネメス→Nozomi Ishiguro → Jean Paul Gaultier →Alexander Mcqueen→ Serge Traval→Martin Malgiela →Marc LE BIHAN → ファッションどうでもいい期→HERMES(Martin Malgiela)→Christoph Lemaire →Rabih kayrouz→ Nina Ricci (Rushmy and Lisy)、Bottega Veneta(Daniel Lee)、Alexander Mcqueen(Sarah Burton)←今ここ

着てるもの→自分が作った服、ユニクロ、モノプリ、働いてたブランドで買ったりもらったりしたもの。

とまあこんな人間が書いてます。
感謝。



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