このてのひらに -purple

※去年、他のブログに掲載していたものを少し直して再放送をお送りしています。

※あらしさんのお話。Jです。

『お疲れっした』

『じゃ、明日はam8:00に向かえですので』


『おっけー』

▤▤▤▤▤


『ただいまー』


だれもいないのはわかっているのに、
必ず声にしてしまう習慣は
きみのせいだ。


今でも

『お帰りなさい』


なんて優しい声が聞こえるかもしれないなんて、
ありえない空想をしながら扉を開けるおれ。


いいかげんにしてくれよ。


ほんとに聞こえたら、おれもとうとうやばいっつーの。


風呂のスイッチを押して
冷蔵庫を開けて
豆腐と…
あ。賞味期限切れ…


瓶詰めのオリーブと缶詰めのホタテ貝で、パスタにしよ。


炭水化物はちょっとやばいか。
この時間。
パスタはやめ。
わけぎとホタテをソテーするだけにしよう。



『潤くんって、ほんと何でもできるんだね…』


そんなわけねーよ。
これは日々の積み重ね。
誰でも最初からスルッとできるわけないじゃん。


『そうやって、お料理してるとこ見てるの好き』

そういうこと言ってないで、手伝いなさいよ。
皿とか出したり…

『ふふ、お母さんみたい』



▤▤▤▤▤




数ヶ月も前のことなのに。
あの甘い声が忘れられなくて。



『ごめんね、潤くん。事務所にばれちゃったみたい。もう会えないや。』


そう言われた夜。

おれは狂ったようにきみを抱いた。


うまくやれてるって自負があった。
なのに。


『ン…あ、じゅんくん、いたっ、やァッ、』


きみとなら
ずっと一緒にいられるって。

勝手に思い込んでたの、おれだけだったの?

乗り越えていけるって。
どんな道でも。
なのにそんな簡単にきみは言うわけ?
会えないって…
のけぞる首もとの白さは何にも変わっていないよ?



『あ…すき…じゅんくん、すき…』

いつか旅行に行こうって夢も

犬を飼って一緒に暮らそうって夢も


きみの背中を抱きながらも


さらさら零れ落ちてく。


手のひらから


夢ってこんな簡単に零れるものなんだ。






『いてっ!』


缶を開ける時、
押さえてた方の手が切れた。



きみのこと考えてたからだ。




『潤くん…わたしね、もっとお仕事頑張るよ。もう1度、潤くんに会えた時に…恋してもらえるように』


おれはまだずっと恋してるんだ。
あの日からずっと。
もう一度会うなんて、夢のまた夢だとわかってても。


夢って、儚いんだぜ?
ひとことで崩れてしまうほどやわで。
なのにまだ追いかけてしまうんだ。
何度も描いたきみとの未来。



手のひらに滲んだ血に涙が落ちた。

手当てしてくれる、暖かいきみの手はもうここにはない。

冷たい涙が、おれの手のひらから心臓へ伝って
心まで凍らせたらこの想いは消えてくれるか?

指の隙間から零れた滴は、
どうしようもなくおれを心細くさせる。

ほらまだおれはこんなにもきみのこと…

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