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『テーラー 人生の仕立て屋』〜人生は測れないから面白い〜

2021年9月18日(土)、私は角川シネマ有楽町に映画『テーラー 人生の仕立て屋』を観に行った。

アテネで36年間父親と共に、高級スーツの仕立てをしてきたニコスが主人公の本作。作品は父親から受け継いだお店が経営難になり、お店を存続させる為に、ニコスが屋台を作り、町に出かけるシーンから始まった。ニコスは毎日手にマメが出来ても、沢山の車にクラクションを鳴らされ、文句を言われても、諦めずに屋台を引いて、スーツの販売と服作りの依頼を受けようと奮闘する。しかし、制作期間は長いし、価格は高い。そんなニコスのスーツは街に出ても、売れなかった。売れ残ったスーツをぶら下げた重い屋台を運んでいた時、「ウェディングドレス作れる?」と女性が声を掛けた。「作ります!」ニコスは勢いでウェディングドレスを作る決意をする。こうしてニコスの人生は思わぬ方向に転がって行くのだ。

私はこの作品を観て2つのことを考えた。1つ目が手仕事の難しさだ。屋台でニコスがスーツを販売していた際、客が1人も来なかったわけではなかった。しかし制作期間の長さや、フィッティングの回数の多さ、そして何より、価格の高さに仰天し、多くの人が去っていった。そのお客さんたちの姿を見て、私はスピードとコストパフォーマンスが重視される現代に、手仕事を行う難しさを感じた。既成服や既製品は素材を一括購入したり、型に沿って分業で作業したりしている為、短時間・安価で商品を提供することが出来る。その横にオーダーメイドの洋服や製品が並んでしまうと、質は良くても中々勝算がないのではないかと思ったのだ。私は刺繍が趣味だが、やはりそこでもアイデアを形にするまでの労力と時間が気になることがある。作りたいものはあっても、作業が進まない。制作依頼に応えたくても納品までに時間がどうしても掛ってしまい、個数が裁けない。それが常に悩みとして付きまとうのだ。作業に懸けた時間分のお金を作品に付けることが出来れば、アーティストとして活動できるかもしれないが、高額では中々手に取ってもらえない。ならば個数を作ろうと思うが、手作りだから個数が作れない。そんな手仕事のビジネスとしての難しさをこの作品を通して改めて感じた。

そして2つ目は「人生は測れないから面白い」と言うことである。これは『テーラー』のキャッチコピーだが、これ以上の言葉が見当たらなかったので、引用させてもらうことにした。ニコスは社会の状況や時代の流れに翻弄されながら生きている。お店を出て、移動式の屋台でスーツの販売を行ったり、紳士服からウェディングドレスの制作に切り替えたり…その姿は川の流れに翻弄され、漂う、葉っぱのようだ。こうなりたいと思っても思うようにいかなかったり、そうかと思ったら偶然の出会いが運命を変えたり…そんなニコスの人生を見ているうちに、私の人生もまたそんなものではないかと思うようになった。逆らっても流される時は容赦なく流されるし、流れたい・動きたいと思っても、流れのない時には動くことが出来ない。人生ってそんなもんだと思ったのだ。

私は3年前、職場で体調を崩し、倒れたことがきっかけで転職をした。「これで安心」転職をした時はそう思ったし、沢山の新しい夢を新しい職場で描いた。しかし3年が経った今、また人生の岐路に立たされている。コロナで仕事も未来も見えなくなってしまったのだ。このままではいけないという感覚が自分を包み込んでいるが、何をしたらいいのかも分からない。そんな風に考えている間に1日が終わってしまう日々が続いていた。

ニコスは流され、翻弄されていた。けれど彼は流れの中で何が次に出来るかを常に考え、動いているように私には見えた。私も流れに逆らうことはできない。逆らっても流される運命だから、遅かれ早かれ流されると思うのだ。けれど流れの中で次に何をするか、どう生きるかを決めることはできる。だからこそ、ニコスが屋台を運んだように、そしてウェディングドレスを作り始めたように、私も自分のやりたいこと、やるべきことを考え、新しい1歩を踏み出そうと本作を見て思った。

「人生は測れないから面白い。」いつかそう胸を張って言えるように能動的に人生選択を行っていこうと思う。

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