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『アストラル・アブノーマル鈴木さん』

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 2019年の映画始めはシネマカリテで大野大輔監督・脚本・編集、松本穂香主演『アストラル・アブノーマル鈴木さん』をば。2018年の映画締めは同じくシネマカリテで『シシリアン・ゴースト・ストーリー』だったが、無意識にそうなってしまった。


 あらすじ:鈴木ララ(松本穂香)は、エスカレーターもWi-Fiスポットもない田舎町で、シングルマザーの久美子(西山繭子)と引きこもりの弟ルルオ(田中偉登)と同居し、塾の講師をしたりYouTubeに動画を投稿したりしていた。ある日、撮影クルーを引き連れたテレビディレクターの神野(広山詞葉)が彼女のもとを訪れる。(映画.comより)


 ニュアンスとしては現代版、ネットが当たり前になった時代の『下妻物語』というとわかりやすいのかもしれない。舞台は群馬の田舎であり、そこでYouTuberとして動画を投稿しているララ。彼女の母親と引きこもりの弟と家に住んでいる。この作品におけるララの自己承認欲求はSNSが隆盛し、もはや当たり前になった世界ではかなり感情移入できるものであり、同時にその「イタ」さも同時代的なものを感じるものとなっている。

 そして、物語の中盤以降にはなぜララが自己承認欲求が強いのか、影でいるということについて苛立っているのかがわかる人物が現れてくる。

 ここからはネタバレを含む。



 ルルは双子の姉であり妹のリリは東京で芸能人をしている。

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 リリは一ノ瀬凛子として活動しており、最初はルルが芸能界を目指して小学生の頃からレッスンに励んでいたが、一緒に受けたオーディションで妹のリリだけが合格して、いまや芸能人として名が知られるようになっている。

 YouTuberとして活動する際には花などで片目を隠しているのはそっくりな一ノ瀬凛子だと言われたくないという思いと、どこか誰かに気づいてほしいという矛盾した気持ちを現していて、そこに自己承認欲求と自己肯定感がないまぜになってしまうという極めて、今の時代における欲望を彼女は体現している。同時にその矛盾した想いに苛立ちながら世界にムカついているようで自分にもっとムカついている。

 ルルが働いている塾で生徒に「メディアは嘘つきだ」と言わせ、自分も何度も大声で言うシーンがある。このメディアはテレビや映画などの大きな芸能の世界であり、妹のリリが一ノ瀬凛子として出生すらも偽り虚構の人物を演じていることに怒りを感じていることでもあり、自分を受け入れなかった世界への呪詛のように何度も言葉にされる。同時に、現在の自分の唯一の世界との通路であるYou Tube自体もメディアであり、その矛盾は一瞬だけ感情の高鳴りと共に無視されているように見える。

 映画を見ていると双子という同じ遺伝子を持ち同じ母親の胎内からほぼ同じ時刻に生まれた自分の半身とも言える存在が光と影のように対比され、どこか今の社会を覆っているトゥルーとフェイクのように思えてくる。しかし、もはやトゥルーがあるのかという疑問もあり、すべてのものはフェイクとフェイクだったりするのかもしれない。競争に勝ったものだけが正義であるような時代は911以降のテロリズムの世界ではもはや当たり前のものになってしまった。

 歴史は勝者によって作られていき、彼らに不都合な真実は忘却の彼方に葬られるのはいつの世も同じだが。それが経済競争に勝ったものだけが正しい、あるいは大多数の側であるということだけで少数を、マイノリティを排除しようという現在の流れは知性などというものを感じられないのはこの国の首相やアメリカの大統領を見ればわかることだ。彼らには教養も知性もなく、自分の思うがままに動かないものは、嘘をついてそれを事実のように偽ってことを進めていく。マスメディアはそういう暴走を止める装置だが、彼らも経済的な事情からもはやできずにいるという有様だ。

 

 笑いどころはたくさんある。家にやってきたある男性と一家のやりとりや引きこもりの弟とその男性との長い戦いにすらなっていない戦いなど。 

 主演の松本穂香さんも魅力は姉と妹を演じながらその表情に影を落とすことと女優として輝いているという役をはっきりと演じ分けている。そして、全体にあるどこかオフビートな感じのノリや笑いはとてもたのしくおもしろい。
 ある人物が弾くギターとその歌声によってルルの感情ぶち壊されるとこは、創作する人にはよくわかるんじゃないだろうか。ちょっと『ブリグズリーベア』の最後に主人公が自分の作品観られている時に評価が心配で吐きそうになるという部分に通じていると個人的には思える。


 You Tuber舐めんなよというルルの言葉は、自分という存在を舐めるなよという抵抗の言葉であり、世界と向き合うための最初の一言のように響く。

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