見出し画像

「舞台版 コケシ・セレナーデ」を終えたもの。

5月21日22日23日「舞台版 コケシ・セレナーデ」終演しました。

画像1

この舞台は映画「コケシ・セレナーデ」の舞台化。

映画「コケシ・セレナーデ」

https://kokeshiserenade.com

昨年、試写会に呼んで頂き、鑑賞後どうしても舞台でやってみたいと無謀にも監督である「松本大樹氏」へ連絡をし、快諾な上、舞台用に書き下ろしてくれた作品。この作品が出来る上で、沢山昔の自身の話しや、これからの自分の野望、劇団の目指すものなど話しさせてもらいました。勿論、松本監督の映画への想い、地元神戸愛、映画愛、沢山伺いました。そんな沢山の想いで出来た「舞台版 コケシ・セレナーデ」。

画像2

思い出せば、脚本完成から舞台の稽古に至るまで本当に色々ありました。松本氏とお互いの想いが強いが上に、ぶつかる事もありました。もうやれないんじゃないかとそれくらいの状況もありました。ストレスとプレッシャーな日々。演劇自体を辞めたくなるような時もありました。

画像3

ある日、腹を割って話しをしました。ここで終わるならそれでも仕方ない、それまでの関係だったんだとの覚悟で話しました。メンバーにも「もしかしたらこの舞台、なくなるかもしれない。それは覚悟しといてな」と。

画像4

しかしね、思う方向や、考えは同じだったんです。

「いい作品にしたい」

それからの稽古はもう、ガムシャラ。

画像5

それからも本番まで、本当に色々ありました。ま、俺はメンタル弱蔵なんで。相変わらずのプレッシャー。本番を迎えるまでの楽しみな気持ちと恐怖心。舞台をやる上で恐怖心を持ったのは初めて。

画像6

その上、また、「緊急事態宣言」。また辞めるか延期か決行か。選択肢の中から選んだのは「決行」。お客様は来ないかもしれない。けど、「命令」ではなかったし「自粛要請対象」でもなかった。今延期しても年内はきっといつまでもこんな状況だろう。良い悪いではなくて、来る来ないの判断はお客様。1人でも2人でも「観たい」と思って下さるお客様がいるならやれる状況の自分達には「決行」しかなかった。いや、やらないとと思った。

画像7

そんなギリギリで迎えた舞台。

画像18

3日間で5公演。客席数は15席まで。

画像8

決して多い席数ではなかった。これで本来なら埋まらないのはどうかと思う。しかし、この時世下に5公演で50名以上のお客様が来場して下さった。オンラインもそれを超える方が観て下さった。

画像9

感謝しかない。 

画像19

それに21日は俺の51歳の生誕日でした。舞台上ではお客様とメンバーがサプライズでお祝いをしてくれました。本当に、いっぱいいっぱいだったんで、初日は誕生日だったって事、忘れてたんです、周りも触れてこなかったし 笑 だから初日やり切った!って方が先立ち、サプライズが本当にビックリしたんですよ。こんな自分ですが、このような祝いをしてもらえるなんてね、人生捨てたもんじゃないのですよ。

画像10

芝居に関しては、今まで、やった事のない役。ほぼ自分自身。「丸山寿夫」は開始冒頭で事故に合い車椅子になる。台詞も身につまされるというか、松本氏と話しをした受傷当時の話しが盛り込まれており芝居しながらフラッシュバック台詞の数々に演技かどうなのか分からなくなるシーンが沢山あった。下手か上手いかなんて自分ではわからない。ただ、ただ、観た人に「今の状況に腐らず周りを見なよ」と伝えたかった。全て無くしたと思ってるのは自分だけで、周りには貴方を待ってる人がきっといるよと。

画像11

「なんか、カッコつけ過ぎだな、おれ」

画像12

この台詞が大好きでした。カッコつけ過ぎなんですよ、俺は 笑

だからこれからはもっとカッコ悪い自分も沢山出して、みんなをもっと信じよう、そう思えた

画像13

「舞台版 コケシ・セレナーデ」でした。

画像20

そして、劇中ラストの楽曲提供してくれた「映画 コケシ・セレナーデ」主演でありミュージシャンの片山さん、このような時世に小屋を提供してくれた梶原さん。ありがとうございました。

画像14

大好きで信頼のおける「ゲキ集団BumpyBox」のメンバーのみんな。ありがとう。

画像15

画像16

最後に、最後まで見守ってくれて舞台を全面的に任せてくれた、脚本を書いてくれた「松本大樹監督」ありがとうございました。

画像17

これからもやれる場所があるなら。

これからも「芝居」をやり続けたい。

photoby Ryota sameshima(ゲキ集団BumpyBox)


車椅子の役者、演出家として活動していく事で観る側だけでなく演る側のバリアも崩していきたい。活動にご支援の程宜しくお願い致します‼️