マナ

パフォーマンスユニット"arma"(アルマ)主宰。朗読とダンスが融…

マナ

パフォーマンスユニット"arma"(アルマ)主宰。朗読とダンスが融合した自主企画公演を上演している。ミュージカルグループMono-Musica副代表。キャストとして出演を重ねている他、振付も手掛ける。 ここには掌編小説の習作を置く。 お気に召さずばただ夢を見たと思ってお許しを。

最近の記事

【掌編】珈琲豆

「珈琲豆」 珈琲のアロマには、リラックス効果がある、とあの人は言った。珈琲を淹れる時の、彼のお決まりの文句だった。 匂い、でも、香り、でもなく、アロマ、というところに彼の自意識が見えた。 その小さな愚かしさは、私の胸に慈しみとかなしみをもたらした。可愛い人だった。 彼の真似をして、赤い小さなコーヒーミルのハンドルを回して豆を挽く。小気味のいいような凶暴な音を立てて豆が挽かれるとともに、彼の言う「アロマ」が立ち昇る。ザラザラと挽かれた豆は砂のように零れ落ちる。 私の手で挽か

    • ミュージカル「Jailbird」配信中!

      出演舞台のオンライン配信がございます。 1/31まで配信中ですので、お早めにぜひ! 全編配信中! ミュージカルグループMono-Musica ミュージカル『Jailbird』 色情狂の教誨師・ロレンソ神父役にて出演 【通常版】特別価格 3,000円 【特別版】特典映像付 5,000円 【プレミアム版】クズアングル付き10,000円 ▪️配信期間 1/31まで ▪️期間内は何度でも視聴OK ▪️会員登録・アプリ不要 ※必ず【ご視聴になる人数分】をお申込みください。おひと

      • 【掌編】アップルティー

        「アップルティー」 アップルティーは森の香りがする。 普段飲まない貰いもののアップルティーのティーバックに湯を注ぎながら、そんなことを思った。 幼い頃、何度か行った森の別荘を憶い出す。なにということもなく行かなくなったのは、いつの頃からだったのか。 そんなことを思ったその日から男は、家のあちこちで少年を視るようになった。 不可解だが、恐怖はない。 だが、目の端にふと、その少年はいる。 たとえば、書斎の梯子の上で本をめくっている。 あるいは、廊下の窓辺に片膝を立てて窓の外

        • 【掌編】つゆくさ

          「つゆくさ」 月草の 借れる命にある人を いかに知りてか 後も逢はむと言ふ 万葉集第十一巻 寄物陳思(ものによせておもひをのぶ) 月草を踏みしだいて、妾の手を引き野を歩いた、あの人はもういない。 遠く遠く海を越えた異国の地へ、戦に出かけて、それっきり。 それで妾はただひとり、暁の空を眺めに月草を踏みしだく。 裳裾は朝露を含んで妾の足に纏わりつき、妾の足はひんやりとつめたく冷えてゆく。 あの人と眺めた空を見に。 あの日とは別の空を、見に。 死んだ、と聞かされた。 背中

        【掌編】珈琲豆

          【掌編】道程

          「道程」 草いきれには、あらかじめ土の匂いが含まれている。 土の栄養を蓄えるから、葉むらは土の匂いをさせるのだろうか。 背丈ほどに生い茂った名も知らぬ草の落とす翳は濃い。 葉むらに喰われるのが先か、翳に喰われるのが、先か。 目に痛いほどの青い空は歪でグロテスクな入道雲を浮かべ、陽射しは地上を歩く人の子に暴力的なまでに降り注ぐ。 汗は拭っても拭っても身体中から滴り落ちる。まるで身体ごと溶けてしまいそうだ。そのくせ、肉体は妙に生々しく煩わしく骨にまとわりつく。その肉体のさらに上

          【掌編】道程

          【掌編】ランタン

          ランタンを持って蛍狩に行く。 どこをどう行ったのか、ひらけた川べりに出るのにずいぶんとかかってしまった。 誰かのうしろを半泣きでついて行ったはずなのに、そばには誰もいない。 しかし、子どもらの気配と声だけは、川べりの先のほうから感ぜられる。 沢山いるのに、いない。 蛍と星の境は曖昧だ。 こだまのように、子らのはしゃぐ声はする。 騒がしいのに、静かだ。 蛍狩から戻った街では大人たちが騒いでいた。 子どもがひとり、帰らないらしい。 水辺はいつも生と死が密接でその境目は曖昧にな

          【掌編】ランタン

          【掌編】すずめ

          鴉がゴミを撒き散らす。生ごみを啄み、腹を満たすためだ。 鴉が満足して悠々と立ち去ったあとには、必ず一羽のすずめがやってくる。なぜそこにご馳走が散らばっているのか知りもしないで、無邪気に鴉のおこぼれに預かる。 それを鴉は物陰から見ているんだ。 自分の腹を満たすため、と素知らぬ顔をしながら、実のところはその哀れな可愛いすずめのために、鴉は毎日ゴミを撒き散らしている。 ところがある時その鴉が、人間に毒餌で殺されてしまうんだ。毎日ゴミを通りに散らかした報いを受けた。 そうしてゴミが散

          【掌編】すずめ

          【掌編】紫陽花

          青い紫陽花を見ると、身体の中に雨が降り出す。 花にまつわる想い出と、同時に憶いだす人がいた。確かにそのはずなのだが、それがどんな人だったのか忘れてしまった。 ただ身のうちがその人を想う身体になる。 愛しいような恨めしいような、哀しいような優しいような、そんな狂おしさが腹の中にさあさあと降って、しとしとと波立ち渦巻いてゆく。 感情の矛先そのものは記憶からこぼれ落ちてしまったのに、肉体だけが憶えている。感情の、そとみはなくなったのになかみだけが残っている。 この感情はどこへゆ

          【掌編】紫陽花

          【掌編】眼鏡をかけた猫

          「眼鏡をかけた猫」 近所の路地裏にいる白い猫が眼鏡をかけている。 眼でも悪くしたのと聞くと、さもつまらなそうに、別に、と答える。……どこかの高飛車な女優じゃあるまいに。 そんなら洒落か、それとも眼鏡なんかかけると何だか賢そうに見えるものだから、それでもって見栄を張ろうって魂胆か、と重ねてまぜっ返すが、やはり猫は気のなさそうに尻尾をひとつ揺らしてそっぽを向いた。 どうにも気勢を削がれ鼻白みもしたが、いやなかなかどうして、若いながらも己れを持った泰然とした猫ではないか、と感心

          【掌編】眼鏡をかけた猫

          【掌編】腕時計

          「腕時計」 腕時計がジッ、と音を立てて止まった。 死んだ友人の時計だった。 やるよ、とすぐぞんざいに物を寄越す男だった。そのくせ気に入ったものは掌におさめて案外と気にかける。 けれどそれもまた、気まぐれに興味を失い、またぞんざいに人に寄越すのだ。 時計でも手巾でも財布でも女でも男でも。 今にして思えば。 あの男は、気まぐれであったわけではなく、本当は何に対してもぞんざいであっただけなのかもしれぬ。奴の、見境なく懐に入れたものを気にかける、というその行為は、自分がきっとその

          【掌編】腕時計

          【掌編】靴底

          「靴底」 あなたの靴の、その靴底が右ななめに擦り減っている。私はそっと指先でななめに削れたラインをなぞる。 両の足とも右側の削れたあなたのその靴からは、あなたの身体の使い方、在りよう、息づかい、生活、人生が滲み出る。 あなたに履きつぶされて打ち捨てられた何十というあなたの靴たちも、同じに擦り減っているのだろう。 あなたに履き慣らされてあなたの身体に馴染んだ靴のその靴底。 私は知っている。 あなたはいつも右手で鞄を持ち、左手に私を置く。 並んで歩く時も眠るときも、眠らない

          【掌編】靴底

          【掌編】月の耳

          月はとっても耳がいいのよ、と母は言いました。だからお前が悪いことをしたら、お月様にはすぐにわかってしまうの、と母は必ず続けるのでした。 それだから、私は月が怖いのです。夜が怖いのです。 月の光はたとえどんなに扉を閉ざしていても、夜の空から降り注ぎ、ひたひたと私の領域をしたたり侵すのです。 私は妹の人形を壊しました。壊した人形に、妹の泣き疲れ眠る頬に、月の光が侵食します。 私は父の万年筆を盗みました。盗んだ万年筆をそっと隠した抽斗に、月の光は浸み込みます。 私は友人を崖か

          【掌編】月の耳

          【序章】『絲紡紀』より抜粋

          幻燈師 「これはこれは皆様方お揃いで。 皆様がいず方よりいらしていず方へと帰ってゆかれまするのか、私めはとんと存じ上げませんが、かような処へ足を運ばれます皆様が過ごしておられる浮き世の憂さは、よほどのものと存じまする。 さすればこそ、私めのような河原乞食も生きる術がございますれば。 今宵はどうぞ、かなしき世俗の憂いを忘れ、これよりお目にかけまする摩訶不思議幻惑の幻燈をごゆるりとお楽しみくださいますよう……伏して願い奉りまする」 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ [Profile]

          【序章】『絲紡紀』より抜粋