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小説(SS) 「助手席の天使」@毎週ショートショートnote #助手席の異世界転生

お題// 助手席の異世界転生
 


 二つの世界の秩序を守るため、私たち天使には、とても重要な役割が与えられています。
 それは、混沌とする異世界に光をもたらす英雄をこの世界から送り込むことです。つまりは、特殊なトラックを使って人を適度に轢いていくのです。
 轢かれた人は、異世界で特殊な力を手にして転生するので、たいてい喜んでいます。特にここ日本では異世界願望が抜きん出て強いので、絶好の市場として天使たちの間で知られているくらいです。
 もちろん私たち天使が自分でトラックを運転するだなんて馬鹿げたことはしません。低賃金で運転手を雇って、私たち天使は適当な美しいボディの女性に変身して助手席で座っているだけです。監視役として異世界送還を見届ける。それが天使としての私の使命なのです。

 ですから私は、こうなるとは思ってもみませんでした。
 今日トラックで轢こうとしたおじいさんが、武術の達人で、しかも立ち向かってくるだなんて――。
 そのおじいさんは、轢かれる瞬間に後方へ跳んで衝撃を和らげたかと思えば、スタッと着地し、妙な体術を使ってトラックの動きを止めました。私は、運転手の靴ごとアクセルを強く踏みました。しかしまったく前に進みません。私はこのじじいをさっさとあっちの世界に送るべく、さらに何度も踏みまくりました。
 しかしじじいは、トラックの助手席の窓ガラスを拳で叩き割ってきました。私は、恐ろしさと驚きのあまり、人並み以上に叫ぶほかありませんでした。
 じじいが、続けざまに割れた窓ガラスから手を伸ばしてきました。腕をつかまれて、激痛が走りました。妙な武術を使うのです。私はよじり倒されるように道路へ引きずり降ろされました。
 恐ろしいじじいです。もはや、人間とは思えませんでした。私はそのじじいの眼に修羅を見ました。これが人間なのか、人間が持つ恐ろしさなのか。
 じじいが、にやりと笑いました。

「わしはこのときを待っていた。貴様のような悪魔のごとき天使をこの手で屠る瞬間をな!」

 言われて私は気付きました。このじじいは、かつて私の隣に座り、トラック運転手として多くの人をあちらの世界に送っていた男だったのです。

「あれから、わしは考えた。自分の行いが正しかったのか、給料は適切だったのか。そしてわかった。すべては正しくなかったのだ。だからこうして償いのために武を極め、負の連鎖を断ち切るべく貴様の前に現れた!」

 じじいが力むと、私は道路の真ん中で顔を地面に突っ伏せられました。アスファルトの味。私は唯一動かせる首を回し、前方を見ました。
 トラックが、突っ込んできていました。
「このくそ天使が!」
 憤怒の現役トラック運転手がそう叫んでいるのが聞こえ、私はまもなく轢かれてしまいました。

 異世界に転生した私を待っていたのは、ある特殊な力を持つ人間としての生活でした。
 不死の能力。
 私は死ぬことを許されず、旅に出ました。いつからでしょうか、これを〈人間を探究し、記録せよ〉との思し召しであると思うようになりました。もう天使だった頃の記憶ははるか昔のことです。
 私はいまも、旅を続けています。
 

〈了〉1,271字



また長くなってしまいました。
読んでくださり、ありがとうございます。

本当は、
「過重労働のせいで事故で電柱に激突し、天使が異世界転生して人間になる」というスッキリしたオチにするつもりで書き出したのですが……

なぜか、
「車に轢かれる瞬間にジャンプして、衝撃を抑えて立ち向かってくる武術の達人を書きたい……」という厨二心が騒ぎ立ちました。

それがこれです。

ではではまた〜

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