女神の微笑みを夢想する

『……もしもし』
「もしもし? 安田くん?」
今日の電話越しの彼は少し疲れているようだった。
『あー、うん……、だいじょうぶ、聞こえてる』
「聞こえのことは聞いてないよ。なんだか元気ないみたい」
『そう?』
「うん、声がちょっと暗いかなって」
あー、と彼が言って、カリカリとどこかを引っ掻くような音がした。これはきっと照れ隠しするかのように頭を掻く音だ。
『やっぱりわかっちゃうかぁ……。なかなか仕事がうまくいかないんだ』
ある日突然東京に現れた「ゴジラ」なる生物。彼が対ゴジラの特別チームに招聘されたのだと嬉しそうな、それでいてやる気に満ちたような声で電話をかけてきたのは先日のことだった。
国の対策チームだから守秘義務があるだろう、込み入ったことは聞いてはならないだろうし彼も赤裸々に語ることもいけないとわたしは考えて、安全な位置から彼を気遣う言葉を探す。
「仕方ないよ、だって前例のない出来事に向かってるんでしょ? いきなり全てうまくいくほうがおかしいよ。だから」
無理しないで、と。わたしはそう言いたかった。けれど、彼の、でも、という声がわたしの言葉を遮った。
『でも……でもさ、ここで頑張らないと、自分が何のために目の前の敵に立ち向かってるか……本末転倒になる。……だから、もう少し頑張る』
彼の言うことは正論のど真ん中をついている。わたしが下手なことを言って彼の気持ちに水を差してはいけない。
「……そっか。確かにそうだよね」
わたしが思い浮かべる電話の向こうの彼の姿は、真剣な眼差しでなにかを見つめていた。
「安田くん、無理しない程度に無理してね」
ぷっ、吹き出す音。
『何なのそれ、無理しない程度の無理って。結局無理はしなきゃいけないんだ?』
「そう、ちょっとだけ無理してね。安田くんはもしかしたらみんなのヒーローかもしれないよ? ヒーローに試練はつきものでしょ」
『それもそうだな』
彼の声が震えている。よく知っている。これは笑いを堪えながらも喋り続ける時の声だ。
「ね、安田くん、笑ってないでさ」
少しだけ迷って、わたしは思ったことをそのまま吐き出した。
「なんとかしよう。きっとなんとかなる」
『雑だな』
「しょうがないじゃない、わたしにどうこうできる問題じゃないもの。でも、なんとかなるってことを祈ることはできるから、それを安田くんに伝えただけ」
息を飲むような音がした。
ほんのわずか、無音の時間が流れた。
「じゃあそろそろ電話切るね。夜は寝ないとだめだもんね」
『……あぁ』
「おやすみ、安田くん」
『うん、おやすみ。……仕事、なんとかするよ。祈ってくれる女神がいることだし』
「やだぁやめてよ発言がクサいよ。本当に寝るからね、おやすみ!」
わたしの方から通話を終わらせた。
だって、女神なんて言われて、あのまま喋り続けたら、わたしの顔の熱が電波の向こうまで届いてしまいそうな気がしたから。そんなことは有り得ないとは判っているけど。
でも、少しだけわたしは夜空に願った。
女神の祈りが彼の救いに、少しでもいいからなれますように。

2018.10.11(2018.12.10 再掲) 神無瑠唯
#安田短歌展2018 出展作品