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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 2

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2014年10月の記事一覧

市場の怪



 近所の子供がワープしたと言い出し、それが噂となり、好事家が聞きに行った。大の大人だが、好きなことでは年齢に関係がないのだろう。幸いその子は男の子だったので、公園で話を聞いた。
 その好事家はワープ体験とかとは別のことでも好事家で、本人もそれを自覚しているので、男の子でよかったとほっとしている。
 その子供の言うことには、近くに潰れた市場

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絶景が見える寝床



 つづら折れの道と言うのだろうか。七曲がりの坂と言ってもいい。山道で車は入れない。階段が所々ある。丸太を横に置き、杭で留めた程度なので、かなりはずれている。誰も通らない道なのだ。山の取っつきに、こぶのように出ている場所に一軒の家がある。この家専門の通路だ。資材をよくここまで運び上げて建てたものだ。
 五階建てほどのビルの階段を上る体力がいる。その屋敷の主は足腰が強い

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提灯屋



 日常的なもの、身近なもの、普段の暮らしも中での立ち回り場所。それらは平凡で変わり映えしないのだが、踏み込まないためだろう。入り口がそこにぽっかりと空いているのだが、その手前で、入り口を横に見ながら通過する。
 その入り口が金魚屋だったとしよう。そんなものに興味はなく、また金魚など飼う気もない人なら、通過するだろう。ところがペットショップには行ったりする。犬や猫だけ

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お旅所



 住宅地の中に、少しこんもりとした茂みがあり、そこに小さな空き地がある。村落時代の共有地で、今もそのままになっている。そこに石饅頭や、何かの石塔の一部などが置かれている。持って行き場所としてはちょうどいいのだろう。中にはまだ形がはっきり残っている地蔵さんもある。そういう杖のようなものを持っているので地蔵さんだが、もう謂われも何も覚えている人はいない。当然、お参りに来るような人も。

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南が怖い



 人は何処かに住み、何処かで暮らしている。また立ち回り場所もある。その中で、あまり向かわない場所や方角ができてくる。用事がないためだろう。昔よく行っていた町や通りもそうだ。
「怖い方角があるのです」画家の青木が言う。まだ若い。
「そうなんだ」
 聞いているのはフリー編集者の北山で、一回り年が離れている。二人は今

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萩の宿



 古本屋の娘はもう老婆になり、店も駅前開発で駅ビルに隣接するショッピングビルに移転した。この古本屋、以前はごみ屋のように散らかり、コンクリートの床から積み上げた本は、下の方は取ることもできない。さすがに高価な定番のような古書はレジ前やその後ろに並んでいるが、買う人は希だ。これは業者が買うのだろう。そして、この店の財産ではあるが、他の古書店でもあるような本だ。
 今は

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