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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 2

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2015年4月の記事一覧

路地の本屋



 様変わりした街並みを歩いていると、自分ももう過去と共に取り残されたのではないかと高中は感じた。背景もまた自分の一部、拡大された何か、拠り所のような何かだったのかもしれない。

 よく晴れた日で、足の向くまま昔暮らしていた町を訪ねたのだが、来なかった方がよかったのではないかと後悔した。あの店をもう一度見たい。それは豆腐屋だが、子供の頃何度か使いで買いにやらされた。鍋を持って。あの頃は何だったの

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神秘の淵



 下田が子供の頃見えていた神秘が、大人になると消えている。知ってしまったからだ。分かってしまうと何でもないことで、神秘事は去ってしまう。ただ、そのときの印象が残っており、これがなかなか消えない。

 例えば祖父が御所大事にしていた神棚がある。仏壇より立派で、奥まった暗い座敷にあった。これは座敷の床の間を改良したものだと、あとで分かった。奥の壁に仁王さんのように髪の毛を逆立てた神様が立っている絵

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福ダルマ



「今の村と違い、昔の村は今よりも色々なものがありましたのですよ」

 と屋敷の庭の桜の木の下で姥桜が語り始める。桜の木が話しているのではない。年配の女性、もう既に十分老婆だろう。

「今はもう村には何もないけどね、昔は色々あったのさ」

「本家の村でしょ」

「今は廃村、昔は寒村。山ん中の字だね」

「何々郡、字何々の、あの字ですか」

「そうそう、大きい村は大字さ」

「今は一つの町として合

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