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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 2

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2015年9月の記事一覧

昇天街



 一寸した観光地だが、忘れられたように取り残されている。修験の道場でもあるのか山肌に石仏が彫り込まれている。見るべきものとしてはこの程度。最寄り駅は今風なロータリーになり、駅前開発でできた駅ビルやショッピングセンターがある。既に宅地化されているのだ。

 三村は石仏でも見ようと思い、ロータリーから少し離れたところにある登り口から奥へと向かった。緩い坂道沿いに土産物屋がある。薬屋が多い。薬局では

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崎津の海神



 崎津山のある崎津村、今は町になっているが、奥の三村というのがある。その三村、それぞれ名はあるのだが、ひとまとめで奥の三村と呼ばれている。崎津山の麓は川が合流する場所で、そこから海へ向かって本流が流れている。海はかなり遠く、その先でまた大きな川と合流する。

 奥の三村は渓谷沿いにあるが、もうここでは川は狭く浅い。取っつきにある村を流れている川も簡単に渡れる。最初の村からさらに川は別れ、それが

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卍堂



 村はずれに卍堂と書かれたお堂がある。村の外れだが街道が近くにあり、この街道は周囲の村々と繋がっている。街道と言うより、村と村を結ぶ幹線のようなものだ。この街道、村内に入ると、農道と変わらなくなるが、村を貫いている。

 この村に用事があって来た人だけではなく、通過するための道だ。そのため、余所者が結構通っている。

 卍堂は村はずれ、村が終わるところの村道脇から小径を経て、山裾のこんもりとし

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あってはならぬこと



「あってはならぬことじゃ」

 絞り出すような声だが、高い。眉間の皺、鋭い眼光。その瞳の奥には人生の経験が奥深く沈んでいる。

「出しましたねえ」

「ああ、出した」

 久しぶりにこの老人「あってはならぬことじゃ」と得意のフレーズを口にした。たったそれだけの言葉だが、疲れたようだ。普段とは違う声で、違う発声法になるためか。

「少し絞りすぎたようじゃ」

「声をですか」

「しわがれ声にした

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黒崎の軟膏



「黒崎の岬を知ってますか」

「いきなり言われても、襟裳岬とか室戸岬なら知ってますが、黒崎の岬は知りません」

「私も長い間知らなかったのですが」

「岬に興味がおありですか」

「特にないです。灯台なんかがある程度でしょ。その灯台もあまり興味はありませんが、岬巡りのバスには乗ったことがあります。別に岬に興味があったわけではなく、旅行のオプションであったので、皆で乗った程度です」

「じゃ、ど

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