マガジンのカバー画像

川崎ゆきお超短編小説 コレクション 2

82
運営しているクリエイター

2015年10月の記事一覧

個的キルケゴール



「キルケゴールはどうなりました」

「え」

「キルケゴールとかニーチェです」

「ああ、いましたねえ、キルケゴール。久しくそんな人のことなど忘れていましたよ。出てくる機会がない」

「死に至る病、不安の概念、どれも今風なタイトルじゃないですか」

「読まれましたか」

「いえ、タイトルだけ」

「じゃ、どうしてキルケゴールを思い出したのですか」

「語呂です」

「キルケゴールで駄洒落とかを

もっとみる

疣切り神社



 市街地から少し郊外へ向かった山裾にイボ切り神社がある。皮膚にできるイボで、デキモノの神様だといわれているが、祭られているのはイボ神様ではない。大黒天だ。しかし、通常イボ切り神社としての方が有名なため、駅名も疣切神社前となっている。

 ここは毎月縁日があり、その沿道は古くからある土産物屋や雑貨屋、食堂や占い所、それに疣切りブランドとして売られている婦人服店などが軒を連ねている。縁日でなくても

もっとみる

裏神輿



 特殊な事情と言うほどでもなく、誰かが言い出したことが、未だに続いている。今では行事となり、その謂われは分かっているのだが、何かよく分からない行為となっている。それを行事と言わず行為というのは、少しいかがわしく、村の神社の祭りだとは言いにくいからだ。また、それは言ってはならないとされている。当然その行事の名はあるのだが、誰も口にしない。言ってはいけない決まりがあるようだが、それを破ると罰せられ

もっとみる

庚申の夜



 少し辺鄙な場所。決して山里でもなく、田舎でもない。大きな平野内にある町だ。電車の便が悪いのは最寄り駅が多いためだ。そのワンルームマンション、不動産により、最寄り駅が違う。竹田はそこに引っ越したのだが、三つか四つほど駅がある。駅だらけではないかと思われるが、実はどの駅も遠い。バス停もかなり歩くことになるし、そこから駅まで、もう一度乗り換えないといけない。これは駅まで自転車で行った方が早いが、ど

もっとみる

宇杉山



 宇杉山は、山奥とされている。山の奥だ。奥山のため、あまり人は入り込まない。山奥に引っ込んで、そこで俗世から離れて暮らそうと、北村は宇杉山に入った。引っ越しだ。そのため、俗世のしがらみは持ち込まないで、背負える程度の荷物だけ。もう浮き世と縁を切ろうとしたのだろう。

 正に山奥に籠もってしまうとはこのことだ。宇杉山は里からは見えない。決して高い山ではなく、単なる山奥にある山だ。そのため、いくつ

もっとみる

いい年を経た顔



 岩田は年を取るうちに温和になり、角が取れた。今までは短気で、すぐに苛立ち、露骨に感情を露わにしていた。ただ、嬉しいときや喜んだとき、楽しいときの笑顔は少ない。怒ったときの不快な顔、機嫌の悪いときの顔の方が伸びる。そちらの方が豊かだ。

 性格が優しくなり、素直に人の言うことにも耳を傾けるようになった。これはそれほど年配にならなくても、荒っぽいことをやっていた若者が、青年時代の終わりがけには、

もっとみる

村賊



 何処にでもあるような山に囲まれた小さな村。しかし、この村は地形的に孤立している。お隣の村が結構遠く、山を越えるか、渓谷を抜けて川下へ出ないといけない。

 古い時代の話で、野武士、野盗が闊歩していた。いわば盗賊だが、それらが集団を成して村々を襲った。当然一度襲うと、何年後かにまた来る。村人も警戒し、色々と手を打っていた。それら野盗の大きなものは野伏せりと呼ばれていた。所謂山賊だ。

 そうい

もっとみる

凡庸な兄の話



 大きな農家と言うより、この地方の領主に近い。田畑の大半はこの本坊家のもので、農奴は百を越えている。さらに周囲の山も本坊家のもので、ここからの収入も多い。多くの木樵を抱えている。

 当主は年を取り過ぎ、そろそろ隠居だ。しかし、その年まで家督を譲ろうとしなかった。二人の兄弟がおり、娘の数も多い。他にも男子はいるが、妾の子なので、後継者になれない。

 兄は凡庸で大人しい。地味な人だ。弟は実力者

もっとみる

社長副補佐代行心得



 その会社には当然社長がいる。その上に会長がおり、これは実の父親だ。親が会長で、子供が社長。会社の実権は会長が握っている。それなら会長職など作らないで、その親が社長をやればいいのではないかと思うのだが、社長を盾に使っているのだ。この会社では会長命令というのがない。一番上が社長のためだ。そのため会長の権限は実はないのだが息子の社長は、会長にならないと会社の実権は握れない。一応そういう図式になって

もっとみる