マガジンのカバー画像

川崎ゆきお超短編小説 コレクション 2

82
運営しているクリエイター

2015年12月の記事一覧

投珠



 奥玉田村に名人、達人がいると聞いた僧侶が、草深い僻地へ出向いた。辺境は端だが、この村は山中にあり、よく考えれば、ど真ん中にあるが、中原と言わないのは、山岳地帯のため、原がないためだ。

 昔の人は結構うろうろしており、今の人よりも、辺鄙な場所まで踏み込んでいた。それだけの時間があるのだろう。

 山岳地帯なので田は少ない。奥玉田村となると、畑しかないが野菜ぐらいは育てられる。

 田がないの

もっとみる

政治の季節



「季節外れの暖かさ、というのはだめですなあ」

「そうですか」

「季節外れの寒さもだめです」

「でも、それは人の力では何ともならないでしょう」

「そうですなあ。しかし物事には旬がある。この旬は季節なのですが、自然界の季節ではなく、人々の気分的な旬もあります。野に湧き出る機運とかです。この野とは野原じゃなく、全国各地のことでしょう」

「民意というやつですか」

「民意なんて、どうとでもな

もっとみる

少女椿



 椿崎の屋敷が取り壊されたことにより、この通りや、この町内が明るくなった。何か忌み事が多い家で、暗い家だった。屋敷と言うほどの規模ではないが、古い家なので、二階はない。建て増し建て増しで、迷路のようになっていたようだ。といっても近所の人がこの家の中に入ることはなく、門までだ。奥まで入ったとしても玄関まで。そこに二畳ほどの板の間がある。その横にもう一つ小部屋があり、書生部屋だったらしい。

 椿

もっとみる

満足のいく人生



「私は貧しいまま一生を送っていた方が良かったかもしれない」

 神社の境内。あまり人は入り込まないのだが、地元の人がお参りに来る。これはいつも決まった人だ。

 老人は少年に何かを語っている。人生規模の話だ。少年は近所に神社があることを知り、ここは何だろうかと、探検中だった。本殿ではなく、その横の祠だ。お稲荷さんのようで、よくあるものだが、狐が怖いほどの朱色で、これが目立ったのだろう。

「成

もっとみる