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明日へ向かうタクシー

夜中にタクシーで家へと帰る途中、ふと、死んだら私の意識はどうなってしまうのだろう、と突然に考えてしまった。かなり多くの人がこの疑問にぶち当たったことがあると思う。

夜中の街灯まみれの道を、ブーンと走り行く中で、突然怖くなってしまって、運転手さんに話そうものなら、いきなり何なんだこいつ?と思われそうだし、そもそも話しかけるつもりもないし、生憎おしゃべりしないタイプの運転手さん、いつもなら面倒くさがって、ハイハイとあしらうペチャクチャ運転手さんにでも、気を紛らわしてもらいたい気分。

私のこの短い人生のなかでも、私にとっては生きていくことの方が辛いのでは、と思う場面が何度かあった。あっけらかんとしている外ヅラヨシ子の印象とは違い、本当はかなり厄介で複雑な人間なので、どこをどうこんがらがったのか、絶望が趣味なのか知らないが、そういう時期が定期的にある。勝手においおい泣いて枕を濡らす日々がある。不安定が定期的に来るので、逆に安定はしている。

思えば、そういう時は死への恐怖がない。なんなら、このまま目が覚めなくても良い、と思いながら眠ることが何日も続いた日もある。

ところが、今の私の、生への執着たるや。死ぬのが怖い。今日までの記憶を失いたくないと気付いてしまった。

ある意味では、怖いものがない、絶望しているときの方が幸せかもしれない。でも、そんな気持ちで、たった一度の人生を無駄にするのは、あたしゃゴメンだよ。私の記憶がなくなるのは怖いけど、だったらもっと何かを残したい。でも、やっぱりずっと生きていたい。

お客さん、次どっちへ行ったらいいの?

考え過ぎて酔いそうになったところで、声をかけられてハッとする。

あ、そのまま直進してください。

不思議とタクシーを降りると、その疑問はスッカリ忘れて、疲れていたのか着替えてすぐ寝た。明日は朝から忙しいので、明日の私のために寝た。

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