無題

かえしますか

ジー!ジー!ジー!

残暑の中、蝉が地べたで暴れている。もはや飛ぶ元気は無さそうだ。
そこに放っておいたら、踏まれてしまうかもしれない。

なので、近くの木に留まらせてみた。まだ手足には最後の力が残っている。

よく、動物(昆虫も含む)と人間の違いに「理性の有無」が挙げられる。それもひとつあると思うが、ある考古学者によると「受けた恩義を返さなくてはならない」と感じることが、人間だけに見られる特徴だという。

私たちが、今、私たちでいられるのは、ご先祖さまが食べ物やスキルを「恩義のネットワーク」で共有してきたからとも言える。

この人間特有のメカニズムによって、ワークシェアリングがおこり、いろいろなモノやサービスが交換され、人間社会を高度で能率的な集団へ押し上げていった。

ベースになっているのは、受けた恩義には、将来、必ず報いなければならないという義務感だ。普通、何かしてもらったら、借りができた気分になる。

それは言葉に現れている。英語をはじめ「ありがとう」の表現には「恩に着ます」という意味が含まれている。

たとえば、ポルトガル語で「ありがとう」は「Obrigado(オブリガード)」と言う。発音が似ていることから、ありがとうの語源だという俗説もあるが、「ありがとう」は「有難い」から変化したもので、ポルトガル語が伝わる前から存在しているから俗説は忘れよう。

そもそも「Obrigado」は、「義務付けられた」という意味。また、日本語では「ありがとう」のかわりに「すみません」を使うことがある。
「すみません」には「済みません」つまり「これで終わりではないですよ」という「将来、お返しします」という気持ちが込められている。

この「恩義を感じて、お返しする感覚」を心理学では「返報性の原理」という。人間社会や文化に広く浸透していて、普遍的な規則になっている。

人間のコミュニケーションにおける武器で、最も強力だという説もある。

「何かしてもらったら、お返ししなければならない。」

ひとつの実験を思い出した。

ある大学教授が、全く知らない人たちにクリスマスカードを送った。多少の反応はあるだろうと思っていたところ、予想外に大量の返事があったという。

クリスマスカードを受け取った人たちは、見ず知らずの相手に対して、返事のカードを送った。しかも、返信した人の大半は、送ってきた大学教授のことを何者か調べもしなかったという。

今だったら、知らない人からのメールなんて返信どころか、怖くて開かないだろう。アナログとデジタル、時代の違いはあると思うが、返報性の規則は人間の深い部分に根付いている。

おかげで人は食べ物、労働力を他者に与えても、無駄にならないことを確信できるようになった。

「ギブ&テイク」っていうが、そもそもテイクなんて期待しない方が、社会はうまく回ると思う。

そういえば、返報性って人間だけの特徴と言ったけど、日本には、恩義を感じて機を織る有名な鶴もいるな…

昼間の蝉は、どうだろう? 自分は「踏まれてペシャンコになるよりいいだろう…」とギブしたつもりだけど、向こうは「余計なお世話だ」と思っているかもしれないな。


「負債はかならず返済しなさい。神様が勘定伝票を書いたと思えばいい。」
              ラルフ・ワルド・エマーソン(米・哲学者)


沖縄出身のお笑い芸人さんが命名してくれたペンネーム/テレビ番組の企画構成5000本以上/日本脚本家連盟所属/あなたの経験・知見がパワーの源です