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『凡災』

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記事一覧

「凡災」⑥

第5回 ことばと新人賞に応募した落選作「凡災」を一章ずつ掲載しています(6/15)

 はーきれいなとこやなへもこかれへんわ、と大阪までエル・グレコかどうかもたぶんわからずぎらぎらの展覧会をのしのし見にきたおばはんらが言ったときいた話は聞いただけで見てないからほんとかどうかも知らんけど、こかれへん、の品のなさはどこかも知らん遠くのお寺のありがたいらしい壁と出会うときのいきなりにうろたえあわてるおば

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「凡災」①

第5回 ことばと新人賞に応募した落選作「凡災」を一章ずつ掲載しています(1/15)

昼は祖母の室にいた。ともに生地に帰つた偶者がわかりますかわかりますかとふた言み言はたらきかけ愛想のない獣園の獅子のように組んだ両腕に伏せつた祖母がたまにあげて返事とも無視ともつかぬ微さで面をゆらす。きめられたわずか一五分は惜しみ惜しみ歓交わすはずだつたが、その実はむしろすることもなで余され施設員からふたりずつと口

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『凡災』②

第5回 ことばと新人賞に応募した落選作「凡災」を一章ずつ掲載しています(2/15)

こしだされた液がはりつめ溜まるときの圧が臓袋に凝して成る信号にくらやみから導かれ引きづり出された身体はふかふかの羽毛から床のつるりに降ろされると、足裏をつたいのぼる冷気の針にまとわりつかれねむ気はずたずたにされ、されつつ這い這いで雪隠に迫る。孤りになることが適うと腰かけた両ふとももに白い陶の座の冷気のとどめは刺さ

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「凡災」③

第5回 ことばと新人賞に応募した落選作「凡災」を一章ずつ掲載しています(3/15)

 ひだり手のなかでひらく鏡は機械の目で字界をたどる鳩として翼にこの両目を乗せ舞いあがる。ぐるりを青く塗られた列車の顔ふたつの横に同じ色で書かれた駅の名を読みあげ赤に白丸のぴん留のそばをいくつか過り太い橙の線をしるべに手の中の鳩は地上を見下ろしたままぐるりぐるり、ふた指でつまんで拡ししぼつて縮し昇り降りしてやつと鏡

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「凡災④」

第5回 ことばと新人賞に応募した落選作「凡災」を一章ずつ掲載しています(4/15)

婚姻の祝かえしはなべしやぶよりもふりーずどらいがよいというので、三こーるでつながれた電話が祖父のもとにとどくはずの郵送をとりやめさせた。注文のまえに偶者どうしで相談すればよかつたものの、相談を思いついたのはせねばならぬ注文を終えたあとだ。
ふりーずどらいのほうがよいと図られた祖父の暮らしは許可証を返してくるまを失

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「凡災」⑤

第5回 ことばと新人賞に応募した落選作「凡災」を一章ずつ掲載しています(5/15)

はちのすの名はかたちでなくまだらに因る。胃がきまったかたちをもつことなくやわくいくらも変わるから羽虫の巣の肌理にも似たつらなりに徴づけられるほかないしろものが黒と白と店先に並ぶ。白を手にとれば、わざわざ黒いのを白くするためまず風呂湯くらいの水に一じかんさらし、さらに沸したのを少し冷ましたくらいの水に三ふんひたして

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