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離婚までの20キロメートル

いつものように自転車に乗っていると、リズミカルに嫌な音がした。

ガコッガコッ…

後ろのタイヤだけ明らかに妙な音を立てている。恐らく空気が足りないのだろうと、自転車屋へ行き空気を入れた。
しかし後日、後ろのタイヤがペタンコになっていて、少しも走れない状態だった。嫌な音は前兆だったらしい。
自転車屋から言われた。

「パンクですねぇ〜。空気が少ない時に無理に走ったりするとパンクの原因になるんですよ。」

変な音を鳴らしながら走ったのが良くなかったのだろうか。
この自転車を買ってからパンクは初めてだ。年数は経っているが、子供を乗せるわけでもないしそんなに長距離走ったことも…

いや、ある。一度かなり長く走行したのを思い出した。この自転車にも無理をさせたものだ。

あれは離婚が決まって数日後の荷物運びの日だった。自分の荷物を運び出し終えて、思い出のつまった部屋は空っぽに。最後に残ったのが自転車だった。
悲惨な現実とは真逆の快晴。私は自転車で実家に向かうことにした。結婚して住んだ家は実家から十数キロ先。

そんなに長距離走ったことはなかったのだが、とにかく自転車で走り出した。この頃よく多少の無茶をしていた。もはや自分がどうなろうと何の興味もなかったのだ。事故に遭おうが怪我をしようがどうにでもなれ、と思っていた。

しかし、走り出して早々にとてつもない坂道が目の前に現れて絶望した。まだ自分に絶望する元気は残っていたらしい。スマホで検索した地図にはこんなこと書かれていない。絶望坂とでも書いておいてくれないか。自転車のギアを全開にして坂を上ったが、無理があった。私はペダルを漕ぎながら「のののののの…」と謎の声を絞り出した。多分、「のぼれない」の「の」だったんだと思う。

その後、今度は通りたい道が明らかに自転車用でない道だった。よくよく考えると私が検索した道は車用だった。かと言って徒歩用にしたら先ほどみたいな無茶な坂が多そうだし。地図では自転車で通れない道など教えてくれないと学んだ。検索結果は十数キロだったが、この調子だと結果的に20キロぐらいになるだろうと思った。

結婚と同じだ。私はスピード離婚をする夫婦が昔から不思議でしょうがなくて、まさか自分が結婚生活を一年で終えることになるとは思わなかった。想定外のコロナ禍に直撃し、想定外の離婚をした。交際期間は6年以上。自分たちに限って別れるはずがないと思っていたのに、私たちは未来予想図から大幅にはみ出て明後日の方向へと全速力で進んでしまった。こんなの地図には載っていない、コロナ禍の結婚生活はそんなことばかりだった。

そうして思いを巡らせている間、クネクネした道をママチャリで走り続けていた。家に着いたのは出発から数時間後。その日中に着いてよかった。次の日私は未だかつてない筋肉痛で一歩も歩けなかった。
もし再婚することにでもなったらまた自転車で20キロ走ってみよう。

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