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夏がきた



腕や足を失なった、義手、義足のウクライナ兵士たちが笑顔でリハビリをしています。

義足や義手の兵士たち。彼らは新しい自分の腕を見て、足に触れて、慣れない幻肢痛に、何を思うのかしら。

四肢を失なう。

事故や病気、扮装や戦争。理由は違っても、無いものは無い。でも、あるべきモノが無い場所に感じる痛みって、失なう理由によって違うものかしら。


あたしの左の手首と肘に10センチほどの傷があります。海外で事故に遭って、海外で手術して、帰国。アホな娘に対して、「ちゃんと腕があるし、上等!」と言い放った母。

あたしが母親なら、あんな風に笑えないな。母は強し!でも、もしも、腕を失くして娘が帰国したら、なんて言ったのかしら。

せっかく五体満足で生まれたのに、27歳の頃には、総距離60センチの傷がからだのあっちこっちにあって、「あたし、脱いだらスゴいのよ」と自慢していたっけ。

体にある無数の傷。でも、どの傷にも、一つ一つ、想い出が紐付いています。

どの傷にも、その時に支えてくれた人たち、懐かしい顔がくっついています。

でも、彼ら兵士の傷は懐かしく思い出すものではなく、死の恐怖や、自分のからだを痛めつけた敵への憎悪と紐付いているのかしら。


そう言えば、あたしが幼かった頃、周りには腕や足が無い人が大勢いました。戦争を知らない世代、新しい時代を生きていると思っていたあたし。でも、戦争が終わって、たった10年かそこらで生まれたあたしの周りには、足が無い物乞いが普通にいました。

幼かったあたし、腕や足が無い彼らを見て、彼らがどうして腕や足を失くしたかに思いが至らず、ただ、腕や足がある自分とは違う、異質な存在、可哀想な人と思っていました。

子どもの無知って、残酷です。


どれだけ掛かるかわからないし、どんな形で終わるかもわからないけれど、いつか戦争は終わりを迎えるでしょう。

だからと言って、失った手や足が生えてくる訳ではないし、戦争の当事者でないあたしの記憶は、戦争終結とともに、あっという間に薄れていくだろうし、でも、それも仕方ないということかしら。

可哀想そうとか、苦しみを理解できる!とか言うのも偽善者みたいでゾッとするし。

ただ、知っていることは、戦争はしてはいけないということ。でも、捲き込まれてしまったら、どうしようもないのかな。


楽しそうにはしゃいでいる日本の若者たち。高知の夏、よさこい祭りは今年、4年ぶりに通常開催です。


またもや本文と無関係の絵です
久しぶりに日本の風景です