見出し画像

今年もあと少し

新コロのお陰か、最近では年の暮れに慌てて大掃除をする人が減ってきたそうです。

店によっては、例年は盛大に設ける「大掃除コーナー」も今年はないらしく、どれだけの人が在宅滞在時間が増えたんだろうと、考えてしまいます。

わたしたちのライフスタイルまで一変させてしまった新コロ、恐るべし。とはいえ、何があっても大掃除とは無縁な暮らしをしてきたわたしには、関係はないのですが。

とりわけ、自炊をほぼやめてしまいますと、台所の汚れもぐんと減ります。毎晩、ちょいちょいっと流しを擦って終わりです。

ところで、我が家はあまり風習に拘る習慣がない家庭でして、本格的な「年用意」などもやったことがありません。

年の暮れになると、各家庭に「紙の門松」が配布されます。それを玄関に糊で貼り付け、スーパーのお惣菜コーナーで「おせち料理」らしいお惣菜を買ってくるくらいです。

せめて俳句の世界では、わたしも年の暮れの慌ただしさを味わってみようと思います。


僧真似て掃除になりきる大晦日

(そうまねて そうじになりきる おおみそか)

季語は「大晦日」です。何かの番組で、僧は掃除になりきり掃除をする、みたいなことを耳にしました。

掃除になりきる。何か凄いと思って、思わずメモしました。なりきるって何かを極めようとしたら大切だと思います。でも、掃除まで掃除になりきるとは恐れ入りました。


門松は年神様のガイドかな

(かどまつは としかみさまの がいどかな)

季語は「門松」です。

門松は、我が家は年神様を迎え入れるために清められた場所ですよ、ということを示す印だそうです。

玄関に飾ることで、新たな災いが来ることを防ぐ役割もあります。でも、紙の門松の御利益はいかがなもんでしょう。


神様の迷わぬよふに年用意

(かみさまの まよわぬよふに としようい)

季語は「年用意」です。

新年を迎えるために、煤払いや畳替えをし、正月用の飾りや新年の晴れ着を用意します。


百均の輪飾り置ひて福招く

(ひゃっきんの わかざりおひて ふくまねく)

季語は「輪飾り」です。

そもそも、百均で買ってきた輪飾りや門松にどれほどのパワーがあるかは分かりません。年神様もそんなケチな性分ではないと信じています。

この時期になると、百均のお店には、クリスマスグッズやお正月飾りが溢れかえっています。けっこう、見た目もしっかりしていて、あれでは年神様も騙されちゃいそうです。


日向ぼこ役に立たない猫と居る
ぴとぴとと猫背に吾の背冬の朝

(ひなたぼこ やくにたたない ねことゐる)      (ぴとぴとと  ねこせにあのせ ふゆのあさ)

最後は、我が家の猫を詠みました。季語は「日向ぼこ」と「冬」です。

価値を決める時に、そのモノが役に立つとか役に立たないで決めてしまったら、この世は寂しいもんになってしまいます。

「マール」と呼ぶと、「ん?」と上目遣いで返事をしてくれます。気が向いたら添い寝もしてくれます。

役に立つというより、頭痛の種になることが多い猫ですが、そんな存在と居ると、何とも心が和みます。

ぴとぴととマールの背中に自分の背中をくっ付けていく。彼女の温もりが幸せです。