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19歳

 女はベッドから手を伸ばし、上着の中のココアシガレットを取り出した。願掛けで禁煙中なのだと言う。俯き火をつける横顔が好きだったが、シガレットを咥えた唇がむずむずと動く様も悪くないと思い直す。頬擦りすると微かに砂糖の匂いがした。伸びた髭をくすぐったいと言われる。

 喫煙者の生は刹那的で、禁煙とは中二病的姿勢からの脱却だ。それをさせる願とは何なのか気にならない訳ではないが、だいたい想像もつくし、自分はいつもこうしたことを聞くのが苦手だ。責任を取れないから。女性の抱える重たい荷物の気配は自分を逃げの体制に入らせる。この子はそうした気配をうまく隠していた。そうすることで「一緒にいて楽な子」になることに成功しリピートされる。十九という歳の割に、目的達成のために感情を切り離して適切な努力ができる女だった。

 甘い匂いの余韻は短い。帰るねと言わせたくない気分だったので、何か飲むか聞いた。ストックしてある冷凍餃子と黒ラベルで乾杯。いい子だなとは思う。調子に乗らないようにいつも通りの態度を装っているが期待しているのが丸わかりだ。でもその期待には残念ながら一生応えられないしそもそも俺はきみが期待しているような男でもないよ。じゃあ何故帰らせたくなかったのかと言われても難しい。ただそこにいろというのは何よりも身勝手な要求だということはわかっている。ただ責任を取りたくないのだ。責任を取らなくても大丈夫なイージーさに慣れてしまったのだ。

 喜びや快楽には耐性ができるので、これまで以上の幸せが感じられないと判断した時、自分は楽な方を選ぶ。好き好んでこんなことをしているのではない。高校生の時好きだった女の子をいつまでも好きなままでいる。

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