二本角の王女のお話(SS/テスト投稿)

 この世界は退屈だ。十五年と十一か月と二十三日。一日とて思わなかった日はない。綿毛に触れるかのように扱われて毎日様々な分野の家庭教師と顔を突き合わせてお勉強とお稽古浸けの日々。
 兄様や姉様や弟は毎日ちょっとのお勉強とお稽古だけで半日以上は自由があるのに私は全くと言っていい程休む暇すらない。それもこれも全て私の頭に生えている角のせいなのだ。

「この国の王族の王位継承者には代々角が生え、成長と共に角は伸びやがて芳醇な実をつける。その実は猛毒だが角の持ち主の運命の相手であれば毒は裏返り様々な恩恵をもたらす女神の果実となる。継承者はその者を伴侶とし王位を継ぐ。それが王家の、ひいてはこの国の仕来りなのです」

 言い聞かせるように今日の伝承学の講師が並べ立てる。物心ついた時からもう何百回と聞かされたこの国に伝わる伝説であり、もう数千年前から行われている“王位継承の儀”にまつわる話。
 いつもならここから初代国王の“二本角の王の伝説”の話になり熱弁をふるうのだが今日は珍しく大人しい。きっと執事長に何か言われているのだろう。

「ウォホン……いつもならばここからは我が国の成り立ちでもある“二本角の王の伝説”について解説をするところですが執事長殿から“選定の儀”に備え今日から一週間は講義時間を短くするよう言われております故、今日はこのあたりで終わりとしましょう」

 思った通り。思わずヤッターと叫びそうになった言葉を飲み込み、いつものように抗議に対するお礼の言葉を述べ、軽く頭を下げておく。

「お嬢様も一週間後には“選定の儀”が始まります。それが終われば王配となる方の教育に数年、その後婚礼の儀と共に王位継承の儀が行われます」

 運命の相手以外には猛毒となる角の実を細かく刻みその一欠けらずつを老若男女問わず国民全員に配り食べさせ、実の毒を効かなかった者を探し出すという儀式だ。
 数百年かけて致死量に至らぬ量を把握し、実に合わせて解毒剤を精製しておくことで民草の死は極力避けられるようになり選別の範囲も立候補者等から全国民に拡大出来たそうだが、数百年前までは当たり前のように人が死んでいたと言うのだから悍ましい。
 執事長の言いつけ通り今日の授業はいつもより短い時間でおしまい。恭しく頭を下げた講師が部屋を出ていくのを横目に私は窓から外を眺める。生まれてから今までずっとこの城で生きてきて外を出歩くのも国内の治安の良い場所を従者を何人も引き連れてで自由なんて一分たりともなかった。
 一人で外を歩いてみたい。自由になりたい。

「鳥さんはいいわよね、自由にどこへでも飛んでいけるのだから」

 優雅に空を翔る鳥を羨ましがっても現実は変わらない。白馬の王子様でも現れて私をこの城から連れ出してくれないかしら。いや、王子様は言い過ぎね。もうとにかく誰もでもいいから私を自由にしてくれないかしら。
 兄様も姉様も弟も角が生えていない為生まれた時から王位継承権を持たずに育ち、王族だけれど外へ出る時に従者がついてくることはなく、私よりもずっと多く護身のお稽古を受けているから多少治安の悪い場所にだって一人で行けちゃう。羨ましく思わなかった日はない。

「ハァ……」

 一人きりなのをいいことに大きなため息を吐いて頭に生えた二本の角に触れる。一週間後に成人を迎える私のそれは腕を伸ばさないと先端まで届かないくらいに成長していて、今は何もついていないまっさらな状態だが後二日もすれば先端付近に実をつけ成人の日には手のひらサイズにまで大きくなるのだそうだ。
 私はこの角が邪魔で仕方がない。お父様にも角が生えていたそうだが婚礼の儀で角を切り落とした為私が物心着いた時には既に角のない状態だった。昔の写真を見せてもらったことがあるがそこに写っていた若いお父様には頭一つ分伸びた黄金色の立派な角が二対生えていた。
 ぼぅっと外を眺めていると背後でコンコンとノックの音がして、私の返事を待たずにメイド長が入ってくる。ノックをしたら返事がくるまで勝手にドアを開けるなと私に教育したのは彼女だというのに。

「お嬢様、昼食の時間でございます。食堂へ」
「……はぁい」
「返事は短くはっきりと!」
「はい」
「よろしいですわ。では食堂へまいりましょう」

 背筋を伸ばして綺麗に歩く彼女の後ろについて行く。見られたら絶対に長い長いお説教をされてしまうから、女が背を向けていることをいいことにイーッと舌を出してちょっとだけ悪態をつく。

「……お嬢様」
「は、はい?!」
「? 慌ててどうなされたのです?」

 急に立ち止まり振り返ったメイド長に私は悪態がバレたのかと肝を冷やしたけれど彼女の反応でそれは杞憂であったと悟り、なるたけ平静を装って見せる。少々ぎこちない自覚はあったが私の浮かべた笑みに疑問を抱いた様子はない。

「な、何でもありませんわ。それより何でして?」
「来週には選定の儀がありますので明日からは儀式の作法をお勉強していただきますので、その旨をお伝えしておきます」
「……わかったわ」

 用件を伝えると即座に踵を返し再び歩み始めた彼女に、私も慌てて足を動かしてついてく。
 この国はどこかおかしい。、解毒剤があるからといって毒を平然と口にする民草も、それによって選ばれたら例え年齢がかけ離れていたり既婚者であったとしても否応なしに王配となる事を良しとする国民性も、数千年前からの伝統であるからとこれらの行為に何も疑問を持たずに執り行っている王族やその関係者たちも、私にはどれ一つ理解できない。たった二本の角に踊らされるこの国はどこかおかしい。
 とはいっても私はこの国自体は好きよ。民草は皆温かく小さないざこざはあれど大きな戦はここ数百年起きていない。件の悍ましい儀式も受け入れてくれている。愚かしくも美しい国。
 でもそれとは別に、やっぱり私は自由になりたいのだ。仕来りや伝統に縛られず他の人と同じように一人の女の子として生きてみたいのだ。
 私を連れ出して自由にしてくれる人がいないのならば、せめて代わりに明日なんて来なければいいのに。


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 テスト投稿としてX(旧Twitter)にて週一で上げているSSの中から一本を投稿してみます。普段は文庫ページメーカーさんを利用して縦書きの書式で投稿しているのですがnoteさんは横書きなので読みやすいよう多少書式を変えてみて投稿してみます。
 上手くいけば二重投稿かつ不定期にはなりますがSS等を上げていくつもりです。よろしくお願いします。

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