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内田百合香 個展「好き、」River Coffee & Gallery

モチーフ、モチーフ、モチーフ。
具象的なアイコンが散りばめられ、互いにお喋りを交わすように賑やかである。
犬、猫、魚、ライオン、チューリップといったそれらは、口角が上がっていたり目が笑っていたりと、どことなく優しげな表情で訪問者を歓迎する。
またそれらを象る境界線はゆらぎ、中間色が多用され、そのため強い主張はいっそう退けられている。
絵の中のモチーフが率先してそうであるように、ここでは誰もが緊張をほぐし、くつろぐことを許されているのだ。

「好き、」と題された内田百合香の個展は、その名の通り内田の「好き」が詰まった展覧会だ。
展覧会の入口には「私は絵が好きです、絵を描くのが大好きです」と一部記されたステイトメントが遠慮がちに掲げられている。
あるいは、このわかりやすく簡潔な淡々とした文章は、ステイトメントと呼ぶには大仰かもしれない。

「難易な解釈を求める事をやめ」た親しみやすい絵と、それらの佇まいを支える開放的なカフェ空間は、美術鑑賞の敷居を下げる。
おまけに価格設定も親しみやすく、その表示も多くのコマーシャルギャラリーが求められるまで開示しないのとは異なり明快だ(絵の下にタイトルと金額が貼られている)。
訪問者が「好き」だと思えば、たとえば洋服一枚を衝動買いするように「これください」と気軽に申し出ることのできる環境が、ここでは整えられている。

「わかりやすいモチーフを選んだのは、絵を買ってもらいやすくするためでもある」と内田は語る。
これらは内田が「好き」な絵であると同時に、内田が訪問者に「好き」になってほしい絵でもあるのだ。

そんな人々の友好で成立するような展覧会には、ともすれば内田の友人しかやって来ないような自己完結のにおいがあるかもしれない。
しかしよくよく見てみると、内田は好かれる気があって描いているのか疑わしく思えてくるような作品が、幾つもあるのである。

ぱっと目についたのが、この《青と宝石》という題の絵である。
犬も宝石もキャッチーなモチーフであるが、何と言ってもフォーカスが右に寄り過ぎている。不自然だ。
中央から左にかけては、線と線のあいだに現れた区画に塗りが施されず放置されており、かわりに背景の青が突出してきている。
右側と左側では別の絵のようだ。
ところで、犬と書いたが、犬であるかも疑わしい。ワニかもしれない。

この《ダンス》も、何やら珍妙な絵だ。
犬(ワニかもしれない)や棒人間といったモチーフで賑わっているかと思いきや、背景がやたらと寂しい。
おまけに全体にはコーヒーをこぼしたような染みが点在している。遠巻きには宝石のモチーフがキラキラと光を反射する様のようにも見えるが、近づくとやはり染みであり、それは寂しい背景にいっそう映えている。
また犬の顔は台座に乗せられモニュメンタルであるが、更に台座の塗りが疎かであるため、犬と台座が同一次元上にあるようには見えない。犬が浮いているのである。

この《おぼうさん2人》は、世の「おぼうさん」が彷彿させる姿――髭も髪もない至ってシンプルな坊主頭――を明らかに逸脱している。
内田に切り取られた「顔」は「わかりやすさ」の表象としてのアイコンであると捉えていたが、「おぼうさん」と名づけられては、その「わかりやすさ」が機能しなくなる。
「おぼうさん」という名づけが意図的なラベリングであるならば、アイコンの具象的な「わかりやすさ」は、それを「一見して◯◯であるとわかる」と解釈する者による解釈の暴力性を示していることになる。

これらの絵がむしろわかりやすさから遠ざかったところで、もう一度展覧会のタイトルを思い出してみると、「好き」ではなく「好き、」なのである。
この余計な読点は、まさしく内田の絵に幾つも見られた歪み、染み、矛盾のことではなかったか。
内田の「好き」には、漏れなくこうした歪みや染みや矛盾としての「、」がついてくるのだ。

すんなりとは鑑賞できないことについて内田に尋ねてみると、「単調な絵は飽きる。長く見てもらいたいから、中央から逸らしたり、重ねたり、滲ませたりして場を持たせている。それでも『この絵マジで買うのか』と思うような、意外な作品が売れたりするんですけど……」と返ってきた。
予定調和では済むことがないのは内田の絵だけでなく、鑑賞者の側もそうであるようだ。

そもそも芸術を愛でるとは、不可解な染みと長い時間をかけて付き合っていくことだったかもしれない。
はて、ここでは生涯の親友や夫婦といった伴侶にまつわる愛の話をしていたのだろうか。
それとも、人が避けることのできないあらゆる病に伴うクオリティ・オブ・ライフの話をしていただろうか。
いや、内田百合香の絵についての話をしていたのである。


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内田百合香 個展「好き、」
2019/5/14(火)-2019/5/26(日) 8:00-18:00
※5/20(月)は休み
場所:リバーコーヒー&ギャラリー
東京都文京区西片2-21-6 紅谷ビル103

内田百合香と船戸厚志による展覧会企画体
春のカド

内田百合香・船戸厚志・村松佑樹により運営されるギャラリー
gallery TOWED


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