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村上春樹『騎士団長殺し』

久方ぶりの村上春樹の長編は、とにかく読み易くて、いつの間にか摩訶不思議な村上ワールドに引き込まれてしまっていたようだ。


主人公は、妻との別居を機に彷徨い、親友の父の留守宅に暫く暮らすことになった36歳の肖像画家。

そこは、巨匠と言われる画家・雨田具
彦が、晩年絵を描くことに没頭して過ごした、海に臨む薄暗い森の山荘である。
ある日、上のほうから聞こえてくる物音が気になって、屋根裏を覗きにいった主人公・私が見つけたのは、ミミズクと、きちんと和紙で包装された『騎士団長殺し』という絵画らしき包みだった。
そのこっそり隠すように置かれていたおそらく雨田具彦の作品であろう額を、そのままにしておけばよかったのだが、沸き起こる好奇心に負けた私が、運び出し、開封してしまったのが、全ての不可思議の始まりだった。

その絵に描かれていたのは飛鳥時代の衣装を纏った男女だったが、雨田具彦の作風に似つかわしくない暴力的なものだった。
それは、まさに、ドン・ジョバンニが、アンナ・ドンナの目の前で、彼女の父である騎士団長を刺し殺すという
有名なシーンだったのだ。

長く仕舞い込まれていたその絵を開封、いや、解放してしまったことによって、現実世界にありえないような歪んだ世界がどこかに開いてしまったようだ。


突然訪ねてくる、山の向こう側に住む謎めいた白髪の隣人。
夜中の鈴の音に導かれてみつけた、山荘裏の祠と深く暗い石室のような穴。
目の前にとつぜん出没して話をする騎士団長の姿を借りたイディア。
肖像画のモデルをしてくれた美しい少女の失踪・・・

以来、私のまわりで次々と起こる摩訶不思議な出来事。
そして、それでも表面的には淡々と続くようにみえる日常。
その不思議と現実を、村上春樹が、『不思議の国のアリス』よろしく、言葉の魔法で紡いでいる。


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