見出し画像

かつての色男

カウンターが5席だけの小さなスナックには色々な大人たちがやってきます。
今日はママと、男性が1人。あと私。
男性の持っていた紙袋から小さな紙切れが落ちたので私が拾いあげると、それは美青年の顔が写っているモノクロ写真だった。私が「落としましたよ」と"それ"を手渡すと、男性は「ああ、すまないね」と少し笑いながら"それ"を受けとった。
男性はおそらく50代後半くらいで、少し白髪混じりの無造作な髪型で黒いタートルネックを着ていた。太ってもいないし、ガリガリでもないちょうど良い体型で歳のわりには若く見える方だと思う。

私は「写真見てしまったのですけど、本当に美青年ですね。かなり昔の写真みたいですけど、もしかしておじさまですか?」と聞くと、「まぁ、そんなところだよ。」と少し恥ずかしそうにうつむいてウイスキーを口に運んだ。
「親の遺品整理だよ。昔のアルバムとかあるだろ。」
男性はさっきまで、亡くなった両親の部屋を片付けてきた帰りにこのスナックに寄ったのだそうだ。
私はもう一度その美青年の写真を覗き込んで、
「でもなんだか目が怖いというか、少し影がある感じもして、、。すみません、私すぐ思ったこと口に出ちゃうんです。」
というと
男性は「ははっ君は面白いね。この時は若かったからね。暗闇だらけさ」というので
私は「私人の人生の話聞くの好きなんです。いやらしいですよね」と返した。
「この頃はモテモテだったんですか?」といたずらっぽく尋ねると、
男性はははっと笑って、4杯目のウイスキーを受け取りごくりっと喉に流し込むと、自分の過去について静かに語ってくれた。

「自分でいうのもおかしいが、俺は中学生から50歳くらいまで女を切らしたことがなかったよ。馬鹿げてるだろ」というので
「結婚はされてるんですか?」と聞くと、男性は「結婚は37でしていて、子供はいない。」と言った。
「今まで何人くらいと?」と尋ねると
「そうだな彼女は大体1〜3年ごとに入れ替わっていたからね。大体計算してくれ。」
「それ以外もいるんでしょう。」
「そのほかも入れたら自分でもよく把握できてないよ。勘弁してくれ。」と男性は笑った。

「あら、華やかな青春時代だったんですね。
いつもあなたから告白していたの?もしかして惚れやすい?」と聞くと、
「偉そうなこと言うけどさ、いつも大体女の方から来てくれたから自分から頑張ってアプローチしたことは無かったね。」
「たまに彼女とかに突然激怒されたり人格否定されたりすることがあったが、なんでそんなに怒るのか毎回不思議でならなかったんだ。"女はめんどくさいな、1人の方がよっぽどマシだ"と思いながらも自分に彼女がいないのもそれはそれでおかしい気がして、いつも何となくいるようにしていたよ。バカだろ?」男性は笑った。

「美青年がそんなこと考えてたの。まぁ女はヒステリックな生き物なんですよ。許してあげてよ。それで毎回彼女は美女だったんでしょ」と言うと、
「当時はさ、自分も一応ルックスで人気があったみたいだったから、大体いつもそのコミュニティの中で1番いい女と付き合っていたのはたしかだね。
でも、、」と、男性は少し間を置いて
「いつもなにか満たされない気持ちでいた。
でも言ってみればそれが通常の状態でもあったんだ。満たされてる状態の意味がわからなかった。」

「それがこの美青年の表情に出ているわけね」
と私が返すと、

「そういえば、必ず最後決まって女から"あなたは結局何を考えてるのか分からなかった"と言い捨てられるんだ。そんなこと言われてもな。彼女たちは自分から来たくせに、俺に一体何を求めているんだろう。といつも不思議だった。君は女だからこの意味がわかるかい?」

「彼女たちはあなたからの愛をもっとたくさん期待してたのね。きっと」

「あの時は無意識に女を下に見ていたと思う。それがひどいことだって今なら分かるよ。
でもあの時は努力しなくても女がキリなくいたし、みんなちやほやしてきたから、自分が偉いと思い込んでたんだ。」
男性は少しだけ感情的になっていた。
ウイスキーからスコッチのロックに変えてからもう2杯目だった。

「私は今あなたが"それ"に気づけたのがすごいと思いますよ。充分じゃないですか。」
「ところであなたは自分から恋をしたことが一度もない?」

「そうだな。」
「一度だけあるよ。でもそれについてはあまり思い出したくないんだ。」

「あら、なんだか安心しました。恋はいいものですよね。」

「君にはなんでも話してしまいそうで危ないな」と男性は笑った。

「俺も君みたいに賢かったらね。」

「私はあなたみたいな人生の方が実は魅力的なんじゃないかと思って。ほら、小説とか映画とかってそうでしょう?人間失格とかがロングセラーであるみたいに。」
「読者でいさせてくれよ。」と男性は笑った。
「君は何歳?」
「28歳です」
「僕は28の時、君と付き合えたかな?」
「さて、どうでしょうね。私は美青年は苦手です。」
「だろうね」
「少し傷を負った大人が好きなんです」
「君は頭がいいよ」

男性は最後のスコッチを飲み干し、会計を済ませ、
「今日は久しぶりに楽しかった」
と言って店を出た。

男性の口から出る、無責任にいい捨てられるセリフはいつも続きの言葉を隠しているようにミステリアスだ。きっとそれは昔から変わってないのだろうなと思った。そしてこれも女を魅了する特徴のひとつだったのかもしれないと感じた。

大人たちは様々なストーリーを抱えて生きている。
心のうちだけに留めて誰にも知られず消えていってしまいそうなストーリー。
それを一つ一つすくい上げていくと切なくて美しい物語の数々が出来上がります。

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

68,815件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?