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ぜいたく病

「ねぇ、この世の中に悪い人っているかしら」

「そりゃいるよ。
悪い人は、悪い人。いい人はいい人だよ。」

「あなた最高ね。あなたみたくなりたい」

「それは褒め言葉かい?」

「そう、羨ましい。
わたしどんどん物事を複雑に考えるようになっちゃって」

「確かに君は自分のこととなると、考えすぎなとこあるよ。」

「相手を許す方法って知ってる?」

「いや、」

「その人の世界に入り込んで、わたしのことを見るの。短編小説みたくしてね」

「なるほど」

「そしたら、わたし自身が悪者に見える時がある」

「なるほどな、でもそれ、いいところでやめた方がいいぜ。嫌いなやつは許さなくてもいいんだよ。」

「そうよね。」

「全員許してたらキリがない」

「そしたらね、いつのまにかわたしの中にはたくさんの人が居るようになってしまったのよ。

ぜいたく病ってしってる?」

「ぜいたく病か、、」

「わたしの中にいる数百人の人たち、みんなの欲を満たしてあげるまで、なんかずっと彷徨ってるの」

「でもその数百人の中に本当の君がいるんだろう?」

「ええ、いるわ。たぶん小学生くらいの女の子よ。」

「じゃあその子だけに集中すればいいだろ。」

「そうね。」

「物事は君が思ってるより、全部単純だよ。
君の頭の中の数百人もね。」

「わたし、あなたみたいに単純な人すきよ」

「俺は良くないよ。しってるだろ。」

「ねぇわたしと話すと疲れるでしょ。」

「いや、べつに」

「よかった。イライラしない?」

「べつに」

「よかった。またね。」

彼女は笑って笑顔で手を振りさっきまでの話を無かったことにするくらいの勢いで去っていった。

彼女と会ったのは実際のところ2回だけだ。

彼女は人が長年眠らせていた記憶みたいな、1番奥深いところを脳みそまで押し上げてくる癖があった。
それは「今日はいい天気ですね。」というくらいあまりに自然で、
それで、俺も気がついたら結構色々と話していたものだ。

そんな彼女の頭の中は、
実はもうほどき方が分からないくらい複雑で、
慢性的なぜいたく病を患っていたのだった。



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