あたたかな水面に浮かびショート・ショート4

 マサは今では、漂ってきた友だちを手なずけて上に跨がっていた。前に一度だけ乗せてもらったイルカフロートの要領で、手で水を掻いてみたが何かの役には立たなかった。それでも潮とわずかな流れに乗り、いつのまにか海に来た。マサは入道に見ほれていた。

 神という名前を知らないが、それは神だった。つぎにお婆さんが流れてきたので乗っている友だちに繋いだ。次に灯をつけない小船がやってきた。その小舟には黒い男が二人乗っていた。

 いっぽうスジ公とトミは浜までやってきた。
「マサはどこだ」
「そこらに浮かんどるはずだ、土左衛門は浮くだから」
「灯火を焚いて帰る道を知らせろ」
「火がねえ」
「おらを誰だと思もっとるだ」
 スジ公はにやっと笑い、魚屋の釣り銭籠からくすねてきた父親のハイライトと、プラのライターを、首のジップロックからとり出して、旨そうに燻らせた。

 いっぽう、海上のマサに寄せる小舟の上で悪漢がふたりひそひそ話している。
「これか」
「ああ、間違いない。目印を見ろ」
「ガキやら死人やらがついてるじゃないか」
「そうさな、おれらに関係ないものは棄てよう」
「まずガキから殺るぞ」ひとりが胸のホルスターから拳銃を抜き、入道一心のマサに照準を合わせ、引き金に指をかけた。

 ほんとうにその瞬間といってよかったのである。
 入道の胎内で爆発した。金色の閃光が海上を薙ぎ払い一瞬真昼になった。しばらくして心底震える「ド、ドーン」という振動がやってきて、小舟も動揺した。

 人心地を取り戻す間もなく、赤や緑や紫の光が入道の中で入り乱れ、マサは食い入るように見ていた。心なしかお婆さんも見上げているようだった。悪漢も見上げていた。それが終わると入道は宵闇の中へ消えていった。

「さあ殺れ」
「おうよ」
 折悪しく、こんどは浜で劫火が上がった。
「なんだ、浜に人が出ているぞ」
「足がつくには早すぎる」
「だがフケたほうがいいかもしれねえ。巡視艇に追われりゃ逃げ切れねえ」
「一億棄てるのか」
「脚が遅くなりゃよけいやばえ」
「そんでも惜しいだろう」
「十年棄ててもいい魂(たま)なら、今度はてめえひとりでやんな」

 浜ではスジ公が「どんどん焚け、遠くから見えるようにもっと流木拾ってこい」と焚きつけ、トミが
「こっちの流木をテントにしたら大松明だ、まるで灯台みてえだ。スジ公もちったあ働けや」と大盛り上がりだったのである。

 こういった騒ぎの中で、マサは巡視艇に保護され無事生還した。お婆さんと末端価格一億以上の瀬どり薬物を連れていた。県警本部長表彰を受けた三人は、土左衛門三勇士と呼ばれ尊敬を集めた。
 これ以後、マサは矢作古川をしばしば訪れ、いつか入道が帰って来るよう、空に祈りを捧げる少年になった。
              了
   


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