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毛布#5 『言の葉を落とす』

部屋の中で気に入っている眺めがある。

ベランダの窓の近くにいくつも置いてある植物の鉢植えが、朝起きると一番に目に入る。人からもらったり、一目惚れして買って持ち帰ったり、それぞれが記念樹のようであるけれど、もう部屋に緑がない状態は考えられないというくらい生活の風景に馴染んでいる。
わたしにとっては植物はペットと言うには少し静かで、でもどこか同居した存在に近い。生きた感じがあり、程よい距離感のある、愛着のある存在だ。

最近よく思い出す友達の一言がある。
子供が生まれた友人の家に遊びに行った時だった。
当時の彼女の家のベランダにも鉢植えがあって、なんとなくその植物の話をしていた時だったと思う。
その友人が大事にしていた鉢植えの木が、いろんな事情があって枯れてしまったらしい。
その友人はそれをとても悲しんで、だけどその木は記念に贈られたものだったこともあり、どうしても諦められなくて、なんとかしてその鉢植えを元々売っていたお店を見つけて電話した。鳴らすが出ない電話に何度か掛けて、ようやく繋がって出たのはぶっきらぼうな口調の店主だった。友人はそのお店で買われたという植物の状態を説明して、枯れたけれどどうにか復活する方法はないのかと聞いた。

その時に店主に言われたのが、「全部葉を落とすように」ということだったそうだ。

友人は、半信半疑だったけれど、その通りにしたそうだ。
全部葉を落として、その後どうしたと言っていたかは記憶がないのだけれど、そのどこか不思議な話を聞いていた時、ベランダには確かにその植物があったのだから、確かに復活したのだろう。

諦められなくて電話をかけたその友人の行動力もすごいなと思うけれど、自分の部屋にある植物を眺めていると、その話を思い出す。
葉っぱを落として、見た目には完全に枯れたようにしてじっとしている植物のことを思うと、うまく話せなくなった時の人間の姿が見えてくる。

私は疲れると、コミュニケーションに来る。
今は仕事もあるのでそこまでなることはないけれど、昔、まだLINEが普及する前、誰にもメールもメッセージも返信できない時期があった。引き篭るわけではなく、ものすごく重たいことのように感じて、その重さに耐えられずに閉じこもってしまう。
不思議なことに、日常生活は行なっていたし、その時はその時で当時の仕事にも行っていたし、人と遊んだりはしていた。
だけど今より格段に自分だけで過ごす時間が長かった。誰かに応答するということができなかったのだ。

そういう時はうずくまって本当に、文字通り言の葉を落とした植物のようになる。
メールを返さないので当然怒る人は怒るし、離れた人もたくさんいたと思う。
当時はどうしようもなく、そこまで行っても言葉を発することが痛くてしょうがなくて、弁解することも謝ることもできなかった。

植物が枯れてしまった時に「葉を落とすように」といったその店主の話を聞いた時に、当時の自分を思い出した。自分だけではなくて、そんなふうになっていたのではないか、今そんなふうになっているのではないか、と思い当たる誰かの姿も浮かんだ。

葉を落として、一見枯れてしまったように見える。
だけど、内側で回復をしている。
はたからは見えない。

それを思い出すたびに、その人の中で行われている再生を邪魔をしてはいけないのだ、と思う。

誰にも返信ができなかった時、思い返せば、頭の中で耐えず「そういうことできる身分でいいね」だったり「信頼を失うよ」と、常に誰かに責めることを言われているような気がしていたように思う。
せっかく閉じこもってもなお、蚊帳をしてその内側に蚊を放つような、息をしているだけで自動的に自分を否定してくるような世界に住んでいる時もある。

人には実際色んな事情があるだろう。
自分でも言葉にならないような混沌とした状態を、それをすべて説明するのは過酷なことだったりする。
それでも、それでも、となんとか息をしているだけの時がある。

葉を落とすことで、内側でじっと回復をはかり、静かに息づいている植物。
自分にも似た、誰かの姿に重なって見える。そしてそのイメージに助けられる人は、私の他にもいるんじゃないかと思う。

\お知らせ/

●1.15 ウェブサイト全面リニューアル 
長らく荒地と化していた私のウェブサイトですが、舞台や演劇、マーケティングなど様々なことに関わっているからやぶくんが構成、制作を行ってくれて、本日めでたく公開となりました。実は旧知の友なのですが、SETOUCHI ART BOOK FAIRでまさかの再会。その日のうちにウェブの話になり、全面的に頼り、こうしてリニューアルオープンできたことを心から嬉しく思います。とても頼もしく、励まされて、実際ウェブに限らず一気に活性化しました。安心できる拠点のような、まさに「ホームページ」になりました。ここでいろんなを見ていただけるよう、これからまた充実させていきたいです。

アイコンも描き下ろしてます。ぜひご覧ください!
http://mariobooks.com

●紙me vol.3メインビジュアル担当
前回も参加させてもらった紙me vol.3のメインビジュアルを担当しました。
今回のテーマは「栞」。打ち合わせの時に伺った「楽しかったことを挟み込むようにして記憶のお守りにしている、そして楽しいこと、楽しい出会いがたくさん生まれる場にしたい」という主宰のおかむらさんの言葉をうけて、自分なりのアンサーであり、来場するお客さんがワクワクするようなビジュアルになるようにと制作しました。
3.1(日)神田錦テラススクエアにて。本の装丁や印刷加工、作家による紙モノのグッズなど、目白押しです。私も出展予定ですので、ぜひSAVE THE DATE!で予定を空けておいてくださいね。

→ https://www.kamime.net/

●1.18(土)文学フリマ京都に、ビーナイスさんが出展します。制作協力を行なってくださっている、リソグラフ特装版をビーナイスさんブースで取り扱っていただきます。特にピンク色のカバーが目印の『The Feeling When...日常の中に生まれてくるある瞬間について』は、在庫がほぼほぼ切れていて幻の本のようになっていたので、関西地方のかた、文フリ京都に参加されるかた、よかったらぜひご覧いただけるとうれしいです。

●最後にもう一度、ウェブはこちらです。可愛いのでぜひご覧ください!

http://mariobooks.com


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