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人生ガチャ②

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アカツキはその道を進んだが、分岐点はなかったのに、人影に追いつくことはなかった。気のせいだったかと何故か少し落胆して視線を落とした先に、ひとつ、赤いガチャの機械が、佇んでいた。

あれって機械か?正式名称はなんだ?

出ない答えを探すのにいくら時間を費やしてもムダなのに、目の前にある物体の名前を知ったところで明日には忘れちゃうくらいの蘊蓄なのに、どうして人間は答えを求めるのか。その答えが正しいかの確証もないのに。

こうやって考え過ぎることが、自分の長所であり短所でもあるとアカツキは自分で理解していた。だからたまに思案の波に溺れることはあっても、ちゃんと自力で陸に上がってこれる。周りに迷惑をかけないよう自分をコントロールし、失敗や過ちから学んで成長していくことは、普通のことだ。

それが人間の、当然の姿であるはずだが、世の中にはそうでない人間が多すぎる。そして理解している人間が、理解していない人間の尻ぬぐいを強要される。この社会の腐った構造はいつ是正されるのか。天皇も、政治家も、大企業のトップも、誰もこの問いには答えられない。

おっと。また遠浅の端っこまで行ってしまった。

アカツキは我に返り、それを変えてくれるきっかけとなり得るかもしれないガチャに目を遣った。細い路地の、突き当たりに、異質で無機質な塊が、確実にそこに存在している。幻でもなく、夢でもなく、10人が10人それがガチャであると認める物体が、そこにある。

ただ、通常と違う点もあった。お金を投入する必要がないことと、「人生ガチャ」と手書きで書かれたシールが飾り気なく貼られていること。

ピロン。DMが届いた。

「回す前にこちらをお読みください」

URLをクリックすると、保険商品か投資などの規約かと思われるくらいの細かい文字での長文が表示された。ざっと目を通すと「このガチャはリスクがあるし責任は取れない」という類の内容だった。そのリスク以上のものが得られる(ある意味失うのだが)と踏んだからここまで来た。たとえ悪戯だったとしても訴えるつもりも恨むつもりもない。もしかしたらこの送り主は最後の最後に本人の意思の強さを試しているのかもしれない。

むしろこの規約があったお陰で、アカツキは躊躇なくガチャに手を伸ばせた。そして幼い頃にあの手この手を使って親にもらった100円でガチャを回した時と同じくらい、高揚を覚えていた。

ガチャの中に色とりどりの丸い塊がギュウギュウに詰まっているのは見えるが、その中身はほとんど見えない。目が合った時はニコニコしていた女子が、振り返ると信じられないくらいの「無」に変貌するように、その塊の中に裏側の表情があるように感じられた。だが記憶にあった回転に要するパワーのおよそ三分の一でハンドルは軽く回せた。

ごりっごごりっ。

ガチャは、回すときにガチャガチャ音がするからこのネーミングだと思っていたが、軽い感触に反して、実際の音はもっと重々しくて、鈍くて、苦しそうに聞こえた。

ゴロゴロゴロッ。

ひとつのカプセルが落ちてきた。その色はよく言えばモスグリーン。だがどこか濁っていて、不穏さを植え付ける色合いだった。アカツキは、だんだんと自分が不安になっているのが分かった。だがガチャを回し、目の前にカプセルが落ちてきた以上、開ける以外は許されない。そのくらいの強迫観念を併せ持った塊だった。

パカ。

割とあっさりカプセルを開いて、拍子抜けしてしまった。中に折り畳まれた紙切れが入っていて、更に力が抜けてしまった。クラスで作ったクジ引きのような雑さ加減に、これで人生が変わるシーンにしてはお粗末すぎると怒りすら覚えたアカツキは、やはり冷やかしだったのかと半ば投げやりにその紙切れを開いた。

「友達」

そう書かれてあった。そして当たり前だが自身に何の変化も起きなかった。明日学校に行ったら友達が総入れ替えしているかもしれないけれど、急にすべてにつまらなさを感じて、アカツキは紙切れをぐしゃっと握りつぶし、空のカプセルと共に投げ捨てた。

帰るまでが遠足だと先生たちは云ったけれど、目的地に到着するまでが一番楽しくて、そこで遠足は終わっている。何だってそうだ。恋愛も付き合うまでが、海外旅行も空港に降り立つまでが、映画も上映される直前までが、花火も打ちあがるまでが、いちばん楽しい。アカツキはどれも経験がないはずなのに、確信に近い強さでそう思った。

またあの常に終焉の際にいる家で過ごして、つまらなくて下らない友達と先生に囲まれ、一生を終えていくのだ。

もはやガチャをしたことで、その決意が固まったほどだった。だとしたら、感謝していいのかもしれない。

気付くとアカツキは五差路の中心にいた。


続く。


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