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諦めることに慣れた人たちへ

こんなタイトルだとさぞかしネガティブな内容だろうと勘違いされるかもしれない。それに確かに考え方によってはネガティブな話なのかもしれない。

それでも生きることって、人生って、そうだよなと思わざるを得ない。全ての願いをあまねくかなえることはほとんど不可能だと言っていい。ベストを出したいけど、敢えてベターで済ませることもある。

人間には限界がある。
時間やお金、環境や体力、能力もある意味そうかもしれない。

その限界を知らないで、あるいは知っていても敢えて、諦めずに頑張って何かを成し遂げた人もいる。成し遂げた瞬間は幸せだったとしても、そのあと幸せが継続するとは限らない。新たな限界を前に立ちすくむ可能性だってある。

だから、一面的に物事を見ないようにしている。

週末に、奥さんがベビーカーを押し、旦那さんが上の子を抱っこし、笑顔で出掛ける家族があったとしても、「幸せそう」だなんて決めつけない。幸せな一面もあるが、絶対にそれだけではない。家事や育児のことで、仕事のことで、生活費のことで、子どもの成長のことで、問題を抱えているかもしれない。

売れっ子のアイドルやアーティストやモデルや俳優が、幸せだとは限らない。売れることの代償は腐るほどある。それを望んだんでしょ?と言われるのも日常茶飯事。お前らに何が分かる。理想を得たら、ほとんど必ずリスクを伴う。そこに苦悩があったとしたら、それは本人にしか分からない。

結局は想像力でしかない。
人の、あらゆる可能性を考える脳の余白があるかないか。

すこし考えれば分かることがほとんどなのに、大抵の人は考えずに言葉を発したり行動してしまう。ただそれも否定はできない。考えないことが悪だということもまた、一面的な考えだと思うから。

諦めることに慣れている人は、想像力があるのだ。
自分の夢や理想や目標を、主観的かつ客観的に分析して、現状を見て判断できる。その夢や理想を追いかけるべきか否か。その目標は果たして達成できるのか否か。

否。

そのジャッジは「諦め」という考え方もある。だが一方で、「正しい選択」と捉えることもできる。今までの人生の中で出した自分の方程式、統計や確率論、フィーリングや勘、パーソナリティ、そういったすべてのものを結集させて出した結果であるのだから。

だから言いたい。

胸を張って諦めたらいいと。

その決断を外野にとやかく言われても気にしなくていい。

諦めることに慣れてもいい。

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