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人生ガチャ③

続きモノです。まだの方は先にお読みください。
人生ガチャ①
人生ガチャ②


ヤバ。

アカツキが目を落とした時計は、倉庫作業のアルバイトまであと30分であることを表していた。方向感覚は失われていたが、ガチャがあった道に背を向けてダッシュした。しばらく走っていたら見慣れた通路にぶち当たり、駅めがけて引き続き走った。

その後ろ姿を眺める男がいた。彼はアカツキが投げ捨てたカプセルと紙切れを拾ってポケットに入れ、大きなため息をついた。

翌朝。

アカツキはいつものように自分にとっては墓場に思える学校へ向かった。ゲゲゲの鬼太郎のように愉快な妖怪たちがいるならいざ知らず、一見妖怪のように見えるが愉快でも刺激的でもない人間しかいない学校。教室に入ると、昨日となんら変わりないメンツがぬるい空気の中に漂っているように見えた。

だがヒグレだけには昨日あったガチャのことを話したい。何も得てはいないし、オチもないっちゃないが、トークテーマとしては悪くない出来事であろう。

と、ヒグレが教室に入ってきた。目が合ったので、手を上げようとした瞬間、ヒグレはサッと目を逸らした。彼の目は確実にアカツキを一瞬捉えたにも関わらず、それを打ち消すように顔を前方へ向けた。さらに衝撃だったのは、アカツキがクラスの中で一番嫌っているヨダの元へ、ヒグレがまっすぐ向かったことだった。

ヨダはヒグレと何やら楽しそうに話している。だがその内容は聞こえないが、どうせ下らない話だとアカツキは決め込み、読みもしない1時限目の教科書を開いて読み始めた。そんな彼の方へ時たまヨダは蔑んだ目線を向けた。

その日は休憩時間も給食も、一切ヒグレと話すことはなかった。話さないだけならまだしも、ヒグレはヨダ一派と常に過ごしていた。そのことがアカツキにとって一番許せない事象であり、裏切りにも思えた。

昨日から今日でヒグレに一体何が起きたと言うのだ?
嫌われるようなことをしたのか?
もう友達じゃなくなったのか?

「友達」

カプセルに入っていた紙切れに書かれたその文字が脳裏に蘇った。

俺は、友達を、つまり、ヒグレを、失った…?

アカツキは急速に心細さを感じた。教室には20人ほど生徒がいて、教壇には先生が立っているのに、その全てが人形であるように思えた。先生の声はスピーカーから聞こえる棒読みナレーションのようで、生徒たちはデッサン人形のようにリアルだけど感情が見えない。そしてなぜだか全員がアカツキを見つめていた。

「アカツキ。アカツキ。おいアカツキ!」

先生が彼を呼んでいた。アカツキはハッとして立ち上がり、その拍子に机に腿を打ち付けて悶絶した。それを見たクラスメートは爆笑、さらに先生は「目を開けたまま寝てたのか?」とアカツキをイジリ、さらに笑いが大きくなった。アカツキは痛みと戦いながらも顔を少し上げてヒグレの表情を探った。彼も他の生徒と同じく笑っているのを見て、本当に「友達」を失ったのだとアカツキは悟った。

翌日、アカツキは学校を休んだ。ヒグレという友達をなくしたショックもあるが、一番の理由は心の中に浮かんだ疑惑が消えなかったからだ。疑惑というよりも確信に近かった。近いからこそ、学校に行けなかった。行きたくなかった。

それは人生ガチャを仕組んだのはヒグレだということ。

思い返してみれば、DMは自分の連絡先を知っていれば送れるし、紙切れの筆跡はヒグレのそれに近かった。五差路にいた人物もヒグレに似ていたような気がする。アカツキが自分の人生に失望していて、ガチャのようなものがあれば飛びつくと誰よりも知っていたのはヒグレではないか。

だけどどうして。もし「友達」以外のカプセルが出ていたら、どうするつもりだった?「親」だったら?「先生」だったら?ヒグレの扱える範疇を越えたものなどアカツキの前から消し去ることなどできないはずだ。

まさか……殺…

アカツキはサスペンスドラマのようなことを思いつきかけて、頭を振った。とにかくもう一度あのガチャがあった場所へ行こうとアカツキは部屋を出た。

リビングとも呼べない狭い空間に、安い紙パックの焼酎を抱えて寝ころんでいる父と、マフラーだと思われるものを編んでいる母がいた。正確には編んではいない、適当に絡めているというのが正しい。付け加えると今の季節は夏である。二人とも学校を休んでどこぞに出かけるアカツキには興味を示さない。

玄関を出るとき、母のか細い「いってらっしゃい」の声が聞こえた気がした。


続く。

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