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同窓会①

 亜沙美は郵便受けから取り出したハガキを穴が開きそうなくらい見つめていた。マンションの集合ポストの前でどのくらいそうしていたか分からない程、その同窓会の招待ハガキを眺めていた。

お久しぶりです。お元気ですか?
同窓会幹事の朝日奈ゆいです。
お盆に同窓会をやることになりました!
日時:8月15日(日)13:00~
場所:Cafe fortissimo
ぜひ参加してください!
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
参加・不参加は返信用ハガキにお願いします。

 差出人の面を見ると、今どき珍しく住所も宛名も手書きで丁寧に書かれてあった。だが、あまり字が上手ではないなと亜沙美は思った。

 朝日奈ゆいのことはよく覚えている。学級委員を自ら立候補するタイプだったにも関わらず、実際に与えられるポジションは副委員長や書記とか、「中心になれない」定めを持った女子だった。それはゆいの顔や身長、成績などが全て平均だったからだ。簡単に言うと「華」がなかった。そんな彼女が手に入れた初めての単独任務は「同窓会幹事」であり、それは在学中ではなく、卒業後、そのイスが半永久的に用意された役職である。きっとゆいはそこに座って満足そうな顔をしている。たとえその周りに仲間がいなくても、自分が中心になれる場所を見つけたのだから。

 と、そこまで分析して、亜沙美はようやくハガキから目を離した。いつだってクラスメイトを客観的に見て、総合的にその個々の能力を判断し、順位をつけていた癖で、今はどこで何をしているか分からない中学時代の同級生の心理までに思考が飛んでいた。

 しかし、亜沙美の思考が飛んだ本当の理由はそれではない。

『なぜこのハガキが届いたのか』

 と言うことである。中学校を卒業した後、転校した彼女は誰とも連絡を取っていなかった。繋がろうと思えば、かつてのクラスメイト、元恋人、恩師、幼なじみにも再会できる文明の利器「SNS」が普及したこのご時世に、敢えてそれを避けていた。親の転勤に加え、自身の引っ越しも含め、住所は5回以上変わっている。その都度住民票も移している。

 亜沙美はクラスから距離を置いて、仲間とも必要以上に交わらないタイプだった。だからと言ってイジメられていたわけではなく、一匹狼だったというわけでもない。ただ、”心”の中に踏み込まれないように細心の注意を払っていただけで、ごく普通の女子の一人として見られていた。他のクラスメイトから見れば、地味な女の子であった。そんな自分にまで、苦労して住所を探し、招待状を送るとは、ゆいの幹事としての根性に頭が下がる。いや、ゆいではなく、亜沙美の知らぬ副幹事や協力者がいるかもしれない。一体だれがどうやって住所を突き止めたというか。その疑問に取りつかれ、身体が凝固してしまったのだった。

 同時に、亜沙美は自分の中に生まれた「行きたい」という思いに戸惑っていた。その願望は最初は細い糸のようなものだったが、次第に彼女の身体を周って縛り始め、いつの間にか縄のように太くなっていた。それは、中学校を卒業して20年も経った今でも、あの時の後悔を引き摺っている証拠だと突きつけられているようだった。亜沙美は半ば衝動的に、返信用ハガキの「参加」に丸を付けて、ポストに投函したのだった。

ー続くー

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