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死神の疑い③


死神シリーズ最終章。
ようやく天気が回復したところを見ると、
死神さんもお仕事が終わって、落ち着いたんでしょうね。

話が分からない方はコチラをご確認下さい。
死神の疑い① 死神の疑い②

つい先日の話。
 ある漫才師Tさんのお葬式に参列した。芸人さんの葬儀に行くのは初めてで、式場に、いや式場への道すがらから、同じ方向へ進む人たちを見ては「あ、あの方は確か…」「あの先輩も来られてる...」と緊張していた。
 多くの関係者の方ー落語家、芸人、タレント、マネージャーetc...ーがTさんの最後の花道を飾ろうと集結していた。
 受付は事務所のマネージャー陣と漫才コンビの相方Yさんが仕切っていた。その姿を見て、誰に聞いたか忘れたが「相方は嫁よりも一緒にいる時間が長い」という言葉を思い出していた。私はYさんとお仕事をご一緒させて頂く機会があったので、その人柄を少しは知っていた。私の知る限り、漫才が大好きで、相方のYさんを大切にしていて、情に厚い人であったから、相方を失ったことは大きな喪失感があるだろうと思い、気丈に対応しているYさんの心中を察した。
 入口のあたりに、Tさんの漫才用のカラフルな衣装を着せたマネキンが置かれていて、アーティストの特別衣装展示のように見えた。また遺影の周りは供花で埋め尽くされており、立て札に書かれているのは知っている芸人さんの名前ばかりだった。Tさんが愛されていたことがよく分かる。
 葬儀が始まり、お経が読まれ、ご焼香が終わるころには、部屋に入りきらないほどの人々が集まっていた。まるでTさんが出演する寄席が、立ち見が出るくらいの満員御礼であるかのように感じた。

 それから、Tさんと親しかった漫才師の方から弔辞が読まれた。Tさんとの思い出が語られるのだが、どうしてか漫談を聞いているような気持ちになる。声の大きさ、言い回し、その場がお葬式であってもオチをつける、ある意味言いたい放題、笑って泣ける話のオンパレードだった。
 その後、相方Yさんからもお別れの言葉が送られた。マイクスタンドの前に立つと、今から漫談を始めるように思えてしまうが、この日は違った。最初にいつもより大きめの声で、Tさんの名前を呼んだ。そして、しっかりと話し出したと思ったら、長い「間」。私達に背を向けたYさんからすすり泣きが聞こえた。泣きながら、声を絞り出し、叫ぶように話していた。相方を失うということがどれだけ辛いことかと、たまらない気持ちになった……のも束の間、最後にYさんは目の前で眠るTさんに渾身のツッコミを入れた。会場に笑いが起こった。やはりYさんも芸人だ。どんなに悲しくても、オチをつけることを忘れなかった。

 最後のお見送りの時。
芸人さんたちは動き出す霊柩車に好き放題の声を掛け、Tさんの持ちネタを言い合って見送った。最後には万歳が起こった。
 これが芸人のお葬式なんだと、衝撃とともに清々しさを感じていた。こうやってたくさんの先輩や仲間や後輩、関係者みんなに送られたTさんは幸せだろうと、そして、向こうの世界に行っても、ギャグや漫才をして楽しく過ごすだろうと思って嬉しくなった。

 お葬式に参列して思い出したのが、映画「寝ずの番」(原作は中島らも)。六代目笑福亭松鶴夫婦がモデルとなった話で、通夜で弟子たちが師匠のエピソードを語るのだが、下ネタあり暴露話ありで、てんやわんやの大騒ぎになり、ついには棺桶から師匠を出し、担いで踊らせる「かんかん踊り」が始まって…というお話。
 芸人さんたちが故人を偲びながらも、賑やかに送り出す姿を見て、映画の世界が目の前で繰り広げられている!と思っていた私なのだった。

 また、死人を踊らせる「かんかん踊り」というのは上方落語「らくだ」に出てくる話で、知っていたのに今まで見たことがなかった。「見ておいたら?」とTさんが言って下さった気がして、YouTubeで探すと、六代目松鶴師匠の「らくだ」が一番に出てきた。松鶴師匠のらくだを見て、初めてすべてのストーリーが分かり、何より面白かった。

 お笑いの世界では「死」をも笑いに変える。
 
 -ならば、その他の世界では?

 「死」はきっと悲しいことばかりではない。私は「死」と立て続けに対面して、そう感じている。学びもある、成長もある、自分を振り返ることも出来る。そしてすぐには無理かもしれないが、きっと笑えることだってある。それは故人を冒涜しているのではなく、その人が心の中に生きているということ。

 お葬式は人生の引退式であり、人生最後の単独ライブであるから、最高の花道にするために、生きている者が盛り上げるべきだ。

 死神が毎日誰かの命をさらっていっているかもしれない。いや、運命は生まれたときから決まっているのかもしれない。「死」はいつも身近にある。自分にも、大切な人にも。だからこそ、悔いのない生き方をしたいと、シンプルに思う。

そう、人生はきっとシンプルだ。


おわり

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