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あの子はあに子④「ネモフィラこわい」

「あに子さん、ネモフィラ見に行きましょうよ」

唯一今も付き合いがある高校の後輩の梨乃から突然LINEが来た。
とは言っても定期的に連絡するでも会うわけでもなく、梨乃の気が向いた(ふと思い出した)時や、誰も誘う人がいなかったから、という理由で声を掛けてきている、とあに子は思っている。

それより。

ネモフィラってなんや。

何か聞いたことあるような無いような、何を指しているのか分かるような分からないような不思議な響き。例えば、「ネモフィラ公園」だったら、ネモフィラさんの作った公園か、ネモフィラという地名か、何かしら想像がつく。○○川でも○○山でもいいのに、でもこのワードには説明のする名称がついてない。となると、推理する材料は名前自体の持つ雰囲気だけだ。あに子の頭には、ふわふわと海中を浮遊する半透明の生物が浮かんだ。

そんな名前の生き物いなかったっけ?

あ、そうだ、あれはクリオネ。全然違う。でも親近感はある。となると海中生物なのか?よく見ると気持ち悪いけれど、ライトアップされた水槽で見ると幻想的になるクラゲに近い生物って気もする。

いやもしかして、動物?

バクっぽい鼻先の長めの動物かもしれない。もしくは爬虫類?カメレオンやトカゲのような色が変わる系の。最近日本にやってきた新種の。

待てよ待てよ。たしか梨乃は生き物が嫌いだった。水族館も動物園も、なんなら人んちの水槽すら避けて通るくらいの、生き物嫌いだ。だから誘われるのはもっぱらショッピングか映画か食事だったはず。

調べればいいじゃんと、思うだろう。
聞けばいいじゃん、そう思っているだろう。

だがあに子はこういう知らない言葉や物体、できごとに遭遇したとき、可能な限りあれこれ想像して自分なりの結論を出すという行為が好きだった。大げさに言うと「未知への挑戦」とも言えるが、簡潔に言うと「暇つぶし」、もしくは「無駄な作業」である。

ネモフィラネモフィラ……

そう言えばフィラってブランドあったな。FILAの姉妹ブランド?
NemoFILA。じゃあ見に行くってなるか?路面店がオープンしてえらく賑わっているのか。わざわざ見に行くほど集結させる力があるほどの店とはなんぞや?テーマパークか、むしろ。しかしテーマパークは「見に行く」とは表現しない。

見る、つまり、愛でる。

アイドルとかアーティストか。
もしくはネモフィラ展のように有名画家なのか。

流行に目ざといほうではなくても、もしネモフィラというアーティストがいたとしたら、さすがに名前くらい聞いたことがあるはずだ。ゴッホでもラッセンでもなく、ネモフィラ?現代画家とかだったらあり得るのか。だとしたら梨乃がそっち方面に興味があるとは思えない。

ああ路頭に迷ってきた。むしろ行き止まりの先っぽに追いやられている気分だ。あに子はそろそろ自分の想像力に限界を感じ始めていた。使い古された表現にはなるが、ネモフィラはもう味のしなくなったガムだった。

Googleに「ネモフィラ」と打って検索をかけた。

ネモフィラ

花だと?

花だとしても、ブルーだと??

花だとしたら、食虫植物であってくれ。
もしくは、見ると鳥肌が立つレベルの気色悪さであってくれ。

こんな爽やかなカワイイ風貌の花では困る。

あに子は何の罪もないネモフィラを責めてしまった。そして責めたところでネモフィラはこれからもネモフィラであり続けるし、ネモフィラはそんなこと知ったこっちゃなく季節が来ると咲くし、それを見たくてたくさんの人が訪れるのである。

「ネモフィラこわい」

あに子は梨乃にそうLINEした。

「じゃあいつ行きます?次の土曜とかどうですか」

梨乃から秒でこのLINEが来て、本当にこわいのはこの女や、とあに子は、微笑するウサギのスタンプで返事をした。

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