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あの子はあに子⑤褒め天才

続き物の短編小説。読み切り可。
前話☟

世間はゴールデンウィークに突入した。あに子はコロナ云々関係なく、毎年取り立てた予定も入れない。実家にも帰らないし、旅行もしない。ここ数年はダラダラとNetflixを見ている。あに子は「Netflix以前はどう過ごしていただろう」とふと思い、記憶を遡ってみた。あぁそうだ。テレビに付属されたHDDに撮りためた映画やドラマを見ていた。見てはデータを削除、見ては削除、見ては削除、、、少しずつ容量が復活していくのが楽しくて、トイレと風呂以外はほとんどテレビに張り付いていた。何年か前に放送されていた池の水を抜く番組で、水抜きの何が面白いのだろうと不思議に思っていたが、今思うとそれに近い気分なのかもしれない。空っぽにしていく作業。なかったことにする作業。それはミステリーでいうと死体を片づけるのにも近いのかもしれない。やったことないけど。

ミステリーでも見るか、とNetflixでサーチしていると、会社の先輩幸子から連絡が来た。

「肉フェス行こう」

の一言と共にイベントのURLが貼られていた。誘ってもらったのは嬉しかったが、心の50%は面倒くさいと思ってしまった。幸子はあに子の9年先輩で、入社した時の指導係だった。結婚しているが子どもはおらず、2ヶ月に1度くらいプライベートで誘ってくれる。用事がなければ行くし、用事があれば断る。断っても「じゃまた今度!」とサラッとしているし、一緒にいてもそこまで気を遣わなくてもいい、とても稀有な存在である。コロナ中、会社がリモートワークになった時も「Zoom飲みしよう~」と定期的に声を掛けてくれたおかげで、人との関わりがゼロにならずに済んだ。

ただ、9歳差の壁は思ったよりあって、最近のアーティストの話をするとキョトンとされたり、ドラマや映画には疎いようでその周辺の話はあまり通じない。ただ、社内における情報については右に出る者がいないというほど精通していて、しかも役員や取引先のお偉いさんとプライベートで飲みに行くほど交友関係が広い。幸子と話しているとお互い持つ情報を交換し合う諜報員のような気持ちになる。しかしその情報は、会社で出世できたり、待遇が良くなったりするようなものではない。あくまでも「へえ~」と驚きと面白みを持って聞ける話に限られる。

あに子と幸子は日曜日の12時に肉フェス会場の公園に待ち合わせした。幸子は時間キッカリにそこにいて、あに子を見つけるなり「その洋服素敵ね、似合ってる」とさらりと褒めた。幸子は指導係だった時も、どんな小さなことでも良いと思ったことは褒めてくれた。「この資料見やすい」「そのピアス可愛い」「その例えうまい」など、あに子は密かに『褒め天才』と呼んでいた。褒め言葉と言うのは言われて嫌な気はしない。なのに自分はあまり言えたことがない気がする。頭に浮かんでも、こんなこと言われても嬉しくないか、とか、別に言うほどのことじゃないか、と飲み込んでしまう。褒めてばっかりの人は媚びを売っていると言われるパターンもあるけれど、幸子に関しては、相手から何かを期待しての褒めではなく、ただ周りに小さな喜びや幸せを与える言葉を発する人なのだ。

肉フェス会場は思ったより混んでいなかった。とは言え、二人ともお腹が空いていたので一番列の短い店舗に並んだ。ハラミを推したその店で、あに子はハラミ丼、幸子はハラミ串を注文した。イベント初日だからなのか異常にテンションの高い店員から「ハァラミィ丼お待たせしましたぁああ!!」と公園全体に聞こえるのではないかという大声で渡され、あに子は顔をしかめた。不必要なエネルギーを発する人はあまり好きではない。もちろん客寄せの意図があったにしても、目の前の客であるあに子に対しては無意味なものだからだ。

「元気っていいね」

幸子さんが言った。あに子はハッとした。あぁそう捉えればいいのか。”うるさい”のではなく、”元気”だと。少しは褒め天才を見習って、ネガをポジに変える意識を持とうと反省した・・・のだが、

「まずっ!!」

一瞬頭で処理できないワードが耳に飛び込んできた。なぜならそのワードは間違いなく幸子から発せられていたからだ。

「いやこれ無理。ゴムだもんゴム。味も塩辛いだけだし!」

幸子が立て続けにハラミ串の悪口(そう感じた)を言うので、あに子はハラミ串が可哀そうになったくらいだ。ハラミ丼は可もなく不可もなく普通の味だとあに子は感じていた。きっと幸子の舌は肥えているのだろう。いくら褒め天才でも、舌に関しては寛容でいられないようだ。

あに子は幸子の新たな一面が見れた気がして嬉しかった。

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