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『正義の政治経済学』を読む❷~資本主義を問い直す

本日は、水野和夫・古川元久『正義の政治経済学』(朝日新書2021)の読書感想文第二弾、『第二章 資本主義を問い直す』からです。

社会の<レジリエンス>を育てる

【1】近代は、『経済成長』を目指すことが是とされてきましたけど、本来は<成長>そのものが目的ではなく、本当は成長の先にある<幸せ>ですよね。<成長>はあくまで<幸せ>になるための手段であったはずです。極論すれば、幸福でさえあれば、別に経済成長などしなくてもいいともいえるわけです。(P74-75 古川)
【2】セルバンテスの小説『ドン・キホーテ』を基にした劇『ラ・マンチャの男』には、「事実は真実の敵だ(Facts are the enemy of truth.)」というセリフがありますが、日本は経済成長という事実の背後で、「真実」を失ってきたのではないか。(P84 水野)

レジリエンス(=柔軟さ、弾力性、復元力、打たれ強さ、回復力がある)ということばを、最近はよく耳にするようになりました。本書でも、これからは真にレジリエントな社会を作っていくことが大切だ、ということで両氏の意見は一致しています。

経済成長が目的化され、合理性・効率性・利便性が突き詰められた結果、日常生活を送るのに不可欠な物資も「あなた任せ」になっていきました。それらを手に入れる為のお金の重要性が高まり、生活基盤の脆弱性が増している実感があります。お金で解決できることがどんどん増える代わりに、人間として出来なければいけないことからどんどん逃げている気はしています。

「令和の小日本主義」を考える

【3】真に国家が繁栄するためにはまず、国内の状況を整えて、人々の暮らしを安定させることが不可欠です。国内の状況が落ち着かないのに、海外に目を向けて、そこに活路を見いだそうというのは本末転倒です。日本の長い歴史を振り返ってもが、積極的に海外に出ていこうとして成功したためしがありません。(P89 古川)
【4】世界各国に先駆けて人口減少に突き進んでいる日本ですよ。「世界の中心で輝く国になる」なんて、そんな夜郎自大なことを言っている場合ではありません。(P93 古川)

古川氏は、石橋湛山(1884/9/25-1973/4/25)が戦前・戦中に唱えた<小日本主義>を評価し、「令和の小日本主義」という考えを披露します。

日本は金融が主役の経済戦争の敗者となった。今から勝てる実力もない。現実を直視し、勝てないグローバル競争にこれ以上日本国民を駆り立てて疲弊させるな、という趣旨と理解します。その意見には賛成です。

ただ、太平洋戦争に突入する以前の日本が、石橋湛山の小日本主義を採用していれば災禍は免れたという歴史認識には賛同できません。当時の日本を取り巻く国際情勢や国民の空気感を軽く考え、結果主義的だと感じます。封建主義で支配された江戸時代を美化する論調も気になります。

新自由主義、グローバリゼーションが支配的になったここ30年くらいの勝者は、資本家や巨大グローバル企業です。彼らの握る権力はもはや国より強大です。国の施策が自分達に都合よければ協力するし、まずければ逃げるか、転覆させることもできる、と私は理解しています。

日本の中にも勝者と敗者がいて、両者の分断は進んでいます。国単位で意見調整し、実行していくのは、なかなか難しい状況だろうという気がします。

バブルという名のブロック経済

【5】EUのよさは、経済や文化活動が自国内に限定されず、所属する域内で活性化できたことです。ですから今後の選択肢として、第三の道があっていいはず。つまり、「世界を舞台にしたグローバル経済」と「自国内に籠るナショナル化」の中間の道です。(P96-97 古川)
【6】極論すれば、ブロック化していいと私は思ってます。《略》国民国家を単位として近隣地域でまとまるのが本来の姿だと私は考えています。(P98-99 水野)

このあたりまで読み進めてきて、両氏とも「国家」「日本人」を一律概念で捉えて、次の時代をどう切り開くかという議論をしていると感じました。主語の規模が大きすぎます。「日本」「日本人」は、一枚岩ではないはず。

私は、「国家」が国際社会を構成する絶対的な単位ではなくなったと考えているし、「日本人」も分断されてひとつの概念では語れきれなくなっているという認識です。構想は合理的でも、現実的ではない議論と感じました。

「居住面積倍増計画」と地方分散型社会

【7】本来、空き家問題はビジネスにするのではなく、地方自治体が借り上げて、管理人を雇用すればいいと思います。(P103 水野)

東京一極集中の是正には同感です。コロナ禍で地方回帰には追い風が吹いています。人口流入を狙う地方側も努力されています。ただ、水野氏のこの意見は、少し軽いと感じます。ヒト・モノ・カネが潤沢にないとこの施策は継続できないんじゃないかな、と感じます。

<ジャスト・イン・タイム>から<ジャスト・イン・ケース>へ

【8】組織には、ある程度の多様性が必要です。ある意味”できない”人にも、その人なりの存在価値がある。《略》「会社にとって目先の利益を生み出さない人間は不要」という新たな常識ができかねないという危惧です。(P113 古川)
【9】平時に最も効率的な体制を築いてしまうと、いざ有事の時には、それでは立ち行かなくなってしまう。(P114 古川)

理想はそうでしょう。経営に余裕がある優良企業ほど古川氏の指摘する多様性を重視した人材管理をしているかもしれません。とはいえ、業態にもよるでしょう。大抵の企業は余裕がないので、背に腹はかえられず、ジャスト・イン・ケースの人材を抱えられないのが現実です。

世界の産業界で賞賛を受けた「ジャスト・イン・タイム」には、少々私憤が混じります。究極的には「自分たちの効率化と利益最大化の為、手間暇・リスク・コストを外部に押し付ける」手法です。このサプライチェーンシステムに組み込まれると、理不尽も呑み込まされる必要があり、かなり疲弊させられる働き方を余儀なくされます。皺寄せは最も弱い立場の人が被ります。そして、その賞賛と恩恵は、支配的企業やその経営者が得ます。

<幸せ>のそれぞれの基準を知る

【10】コロナ・パンデミックで見えてきたのは、世界的にも、最も弱いところが最大のダメージを受けるということです。結局、人類は平等ではないんですよね。(P120 古川)
【11】”弱者”を救うのは、彼らが「かわいそう」だからではありません。その存在を放置しておくことで、社会全体が脆弱なものになるから、です。(P121 水野)
【12】自分たちの都合で、利用する時は利用しておきながら、都合が悪くなると切り捨てる。(P121 古川)
【13】幸福の数量化が進むと、資本の概念に取って代わって数量化された<幸福>が主となります。これは、資本の操り人形が資本家であるのと同じ構図です。(P127 水野)

この項は、興味深く読みました。議論は、働き方の多様性、生活の多様性、人生の多様性を認める社会を、というあたりに着地します。

消費冷遇措置の末路

【14】日本は戦後一貫して投資と輸出を優遇し、消費を冷遇してきました。輸出優遇としての金融政策ですから、往々にして金融緩和策になりやすい。(P131 水野)
【15】日本人を貧乏にしたのは企業優遇の政策の結果であって、日本人が怠けていたわけではないと思います。企業優遇政策は1990年代に役割を終えたにもかかわらず、21世紀になって「構造改革なくして成長なし」が政権のスローガンになりました。《略》正確には、「働く人の犠牲なくして成長なし」という意味だったのです。(P133 水野)
【16】近代化とは、いわば「手づくりを極力排して機械化する」ことで、来年の生産量を増やすことです。機械は人間がつくるわけですから、必ず過剰になります。(P135 水野)
【17】世界全体を底上げする仕組みはいまだ見つかっていないし、たぶん存在しないんです。少なくとも、「世界全体が一緒に豊かになる」なんて都合のいい仕組みは存在しません。ならばこそ、富の再配分の機能を、もっと意識的に導入すべきです。(P136 水野)

行政の富の再配分を設計する能力よりも、それをすり抜ける側の方が一枚も二枚も上なので、富裕層の財源の温床に到達できません。結果、取り易そうな所から多くむしり取ろうという構造になっています。私が会社員が報われないと感じ、虚しく思っていたことです。

今こそ金融取引税の輸入を

【18】現在、資産価値を増やす方法として一番効率的なのは、金融取引です。一方、商品などの<モノ>を通じて生まれる会社の利益を、ほとんどゼロ成長です。(P141 水野)

金融取引税は検討されていると思いますが、制度設計のテクニカル面が難しいんだと思います。税金で吸い上げられて訳の分からない使われ方をするよりも、金融取引で儲かったお金が社会への実物投資(医療、介護、子育て費用などでOK)へ還元される仕組みに設計した方がいいと私は思います。

コロナバブルを乗り切るために

【19】お金持ちは高値で売り逃げ、暴落して明らかに割安となった時に買いをいれますので、株式投資はバブル崩壊が一番の儲け時です。だから、バブルは弾けさせるためにつくるのです。(P148 水野)
【20】私は「無利子・相続税非課税・償還期間100年」のコロナ債を発行することで財源を調達すべきだと考えています。(P150 古川氏)

水野氏は金融業界出身ですので、投資家の行動様式を熟知されています。持っている情報の質と量が違うので、個人投資家がカモられるのは必然です。古川氏が提案するコロナ債は、実質的に金持ちが政府に寄付しろと言っているだけでは?と理解します。

水野氏は企業の多額の内部留保金を充てろという意見です。本来従業員が貰える給与を削って不当に積み上げたものだから、社会に還元して当然という論調です。あと、水野氏はドイツにやたら好意的な発言が目につきます。何にルーツがあるのか興味深いです。


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