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『新しい資本主義』の本質と課題

岸田首相の目玉でもある『新しい資本主義』が何を意図したものなのか、ゆっくりと考える時間がありません。本日は、柳川範之東京大学経済学部教授が『テンミニッツTV』で~新しい資本主義の本質と課題~というテーマで全6話で語られている内容をレビューします。

新自由主義の台頭から揺り戻し

語り手の柳川先生には、勝手に好感を持っています。論旨のバランスが取れていて、ことばの選び方も適切と感じています。発言には注目しています。

撮影は2021年11月に行われており、丁度、岸田首相が基本方針としての『新しい資本主義』を打ち出した時期です。話は、『新自由主義』から始まります。『新自由主義』の本質が何であるのかは、実は明確ではない、とことわった上で、経済学の視点では『市場メカニズムが重要な役割を果たす』ということを重視する立場と説明されます。

「市場メカニズムにはメリットもあるが、限界もある」ということは昔から知られていたし、今も変わらない。結局の所、その中で、どの部分を政治的あるいは現実の経済問題として重視するかという方向性が、時代によって変わってきた、と理解すべき。

という総括は、非常に判り易いものでした。

『新自由主義』の源流を、サッチャーやレーガンの経済政策に遡ると説明されることが多いものの、彼らの登場は、左路線の惰性的運用によって、社会に弊害が目立ち、動脈硬化を起こしていた状況からの揺り戻しだった、と考えるのが適切だと思います。当時は、公的セクターの非効率性や無駄が問題になっていて、私の両親も、役所や、国鉄や農協のような公的セクターによく文句を言っていました。その原因は、「一生懸命働いても、働かなくても待遇は一緒」というインセンティブの無さにあると考えられていて、より競争原理の働きやすい民営化の動きが、薔薇色で語られる空気はありました。

ゆるやかに右寄りに揺り戻されてきた潮流に『新自由主義』という用語が充てられて語られるようになったのは、2000年代になってからのことで、その行き過ぎた負の側面が語られ始めたのは2000年代後半、リーマンショックの頃からでしょう。そして、格差の拡大が加速していく事態を深刻な問題として、強く社会に定着させたのは、トマ・ピケティ『21世紀の資本』だったように思います。

脱・資本主義は非現実的な話

現在の私は、経済成長を至上命題とする資本主義には否定的で、『脱成長』を好感する価値観へと変貌していますが、広い意味での資本主義は消え去ることはないと信じています。脱・資本主義を企だてるような立場ではありません。

“活動の意欲”は、格差をつくり出すところから生まれる。人より少しでも豊かになりたい、人より少しでもいい暮らしをしたい、誰かに褒められたいといった思いがあるのが人間の性だ。実際、何らかの形で頑張ったところがより豊かになることで経済が発展し、社会が発展してきたことも事実だ。

という柳川先生の見立てには完全に同意します。マルクス時代の資本家とは違い、現代で成功している資本家や企業は、資本量の多寡以上にアイデアやビジネスモデルが世間から支持されていることを指摘します。

単純にお金を集めてきたということよりも、社会に新しい知恵を注ぎ込んだ人が非常に儲かる、という構造が出てきているのが今の特徴

というのも同意します。

柳川先生は、テクノロジーの進化による『見える化』の進展が、資本主義の負の側面を薄める可能性を指摘します。

分配よりも成長なのか

柳川先生は、産み出されている富の分配の不公平を是正しようという考えを否定はしないものの、より重視すべきなのは全体のパイの拡大=成長重視、という立場なのかな?と思いました。

政府がしゃしゃり出て再分配に乗り出すのは、やっぱり非効率な気がします。むしろ、富裕層に偏在している富が、社会へと還流されるインセンティブが働く仕組みを作り、社会全体が豊かになることの恩恵を受けられる人々を増やす方が、トータルでプラスが大きい、という風に思えました。そこにテクノロジーを活用した『見える化』を使う、というのが柳川先生のアイデアです。

『ステークホルダー資本主義』という考え方も、上記の文脈から入ると、割とすんなり理解できるような気がします。視聴して、実り多い時間を過ごすことができました。

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