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人事評価制度の作り方と予想外の成果について その2

人事評価制度を社員と一緒にプロジェクトチームを作って作成した。という話の続きです。
社員にとっても一般的にはなかなか関わることのない評価制度作りの裏側、そこで待ち受けていた試練と予想外の成果とは一体どんなものだったのでしょうか?

前回の記事はこちらから

発揮能力を自社の仕事にあてはめてみる

いわゆるコンピテンシー的なものです。
持続性・徹底性・確実性・柔軟性などといった能力を10数個並べて、
それぞれにおいて自社での業務と紐づけながら、
それらの能力を発揮したとする代表的な行動例を考えていきます。

またそういった行動例を踏まえて
若手社員向けか、或いは中堅社員に対して何を求めるかなども考えます。
確実性はミスなく注意深く業務に取組み完了するとしたら、若手社員向け。
判断力は過去のデータや事例と論理的に比較検討を行い判断するので、中堅以上に求めよう、といった感じでした。

もちろん積極性などは若手も中堅も双方に必要なので、
若手には上司に積極的に質問や確認を行うといった行動を基準とし、
中堅には社内外を問わず自ら行動して情報を収集し提案を行う、
なんて具合でレベル感を変えてみます。

「新人でもこれくらいはやってほしいよね」
「いや、ここまで求めるのは酷じゃない?」
といった会話や
「これくらいの経験を積んだ人には最低このレベルの行動をしてもらいたい」
「えっ、そこまで求めます?私そこまで出来てないかも???」
なんて会話が出ます。

最初なので、極端なものを排除して概ね穏当な線で発揮する能力の具体的な行動として決めていきます。
このやり取りは私にとっても社員にとっても非常に有意義だったと思います。
私も含め漠然と取り組んでいた仕事、成果は受注やコストのみで判断していたのが、
そんな思考をしてどんな行動して成果を上げていたのかという振り返りに繋がってました。

また仕事が出来ると思われている人が考える具体的な行動や考え方といったものを知ることで、
どうやったら仕事がうまく出来るのか?という秘訣を皆が言語で共有できる場になったのです。
こうした場が出来て、実際に話し合いをできたことは組織作りを進める上でとてもよい機会になったと感じました。


評価基準の公正性をどうするか?

評価とは評価基準をどうするか?によってその運用の仕方や信頼感は大きく変わります。
新入社員とベテラン社員を全く同じ基準で評価したら、
新入社員の評価はいつまで経っても低いまま。
ベテランより上回ることは困難です。
また知識、経験、熟練度によって基準を変えることで、
若手社員のレベルを上げていく習熟ステップともなり得ます。

その評価基準の基となるものとして等級制度を策定することにしました。
新人は1等級、経験を積めば2等級、3等級と上がっていて、
管理職になるためには〇等級以上というあれです。
等級を上げるという目標意識も生まれますし、
上がった際の達成感も感じることができます。
社労士の助言や、前職で経験していた社員からの賛成もあったので、導入を決定しました。

1等級のレベル感、等級が上がる時期、その条件、
それらを定量的に或いは定性的に言語化して示す必要があります。
それらを社員と一緒に考えました。

学校のように単元の習得や漢字、単語の習得の要項があって
それを満たしたか試験の点数で見極める、
なんてことができればいいのですが、
通販業界にそんなものはありません!(あるのなら見たかったです。本当に)

そこでまず各部門の日々の業務、必要な知識を洗い出しました。
企画部門であれば、
広告企画書を作成できる
試算を正確に行える
デザイン会社とともに制作を行い、その進行を管理できる
といった感じ。

といった具合です。
その時点での若手社員や中堅社員、入社年次などを踏まえて、
どれくらいで出来るようになったか?
覚えにくさとか、複雑さとか、平均的なミスの頻度などを話し合い、
レベル感を規定します。
指導やチェックを受けながら進められる。
ひとりでミスなく行える。
進行スケジュールに沿って遅れることなく進められる。
後輩に分かりやすく指導できる。
こんな感じ。

部門によってはアクセスの操作といったスキルもあります。
アプリによっては、まずこれを覚える。
これが出来たら次はこの機能を使える。
こういったアプリのスキルも検討します。

メンバーは自分の部署やかつて担当した部署の仕事とスキルと難易度をリスト化し
必要に応じてメンバー外の社員や管理職にヒアリングをして網羅していきます。

結果的に難易度付き部門別仕事一覧表ができてしまいました。
初回なので、その精度は不十分なところもあったと思います。
しかし、この一覧表は後の別メンバーによる改訂ごとに詳細さが増していきました。
各部門がどんな仕事をしているのか?
それが実際にどれくらいの難易度なのか?
といったことを会社全体で可視化できたわけです。
これは私自身も経営判断や人事異動、また管理職と業務フローについて議論をする上で
大いに参考となる資料となりました。
思わぬ副産物のひとつです。

そして社員説明会へ

そんなこんなを繰り返して
スタートから半年ほどで形になったことから試験運用的に開始することしました。
完成した評価シート、運用の手引きを皆で作成し
社員説明会を開催します。
議事録は公開していましたし、
都度メンバーが同僚たちにヒアリングなども行っていたので、
開けてびっくりということはなかったと思います。
とはいえ、社員がどんな反応をするのか、私は緊張しました。

まず等級については4等級に分けて事前に発表しました。
当時の管理職は4等級に、
2~3等級は中途採用者で入社年数と年齢(前職の経験年数)を基準に振り分けました。
新卒社員は1等級です。
人数もまだ少ないですし、2等級は中途といっても20代前半で社会人経験3年程度、
3等級は概ね20代後半で社会人経験も5年以上という感じだったので、
そんなに意見や疑問は出なかったと記憶しています。

説明会はこの等級別に分かれて開催。
説明するメンバーもほぼ同じ等級に属するメンバーが担当しました。
管理職は私と管理職のメンバーで説明会を行いました。
質問はその場で回答ではなく、
全開催終了後に各回で出た質問をまとめてメンバーで検討し回答を作成。
回答内容を運用手順に追記して全員に一斉に公表する手順を取りました。
その場で都度回答すると、おそらく答え方や受け止め方にばらつきが出てしまい、
後の運用に悪い影響が残ることを恐れたのが理由です。

情報の伝達順序にはすごい気を使っていたのですが、
これも後から不満が出ると厄介なことになるという私の臆病心からくるものです。
実は心底びびりなのです。

こうしてまずは評価制度の運用がスタートしたのです。

プロジェクトは終わらない

試験的な運用ということもあって、
メンバーはそのまま残って定期的な会議を重ねました。
メンバー自身も今度はその評価制度で評価される側になります。
議論していたのと、実際に評価されるとなるとまた印象も変わるはず。
いくつかの細かな不具合などを提言してくれました。

第1回の制定と第2回の改定のプロジェクトについては間を置きませんでした。
ちなみにその後3回以降からは、、2~3年の運用ごとにメンバーを集め
改定を繰り返したのですが、
初回は不具合や実際にやってみての不満や疑問が出ることを想定したので、
開始後即改定の議論を始めることにしたのです。

そして新たにメンバーを募集しました。
確か2回目は立候補者が出たと記憶しています。
それ以外は私からバランスを取って指名しました。

そして第1回メンバーから第2回メンバーへの引継ぎ的なことをしました。
これが12月のことです。
1月からスタートし、6月に説明会を開催して7月に試験運用開始。
12月の半期で制度が1巡したタイミングで微修正を行って
1月から本運用が開始となりました。
そのタイミングで2期メンバーが集結して、初期の運用をしながらの
改善議論をスタートするという流れです。
ちなみに私は2回目以降もすべてのプロジェクトでメンバーに入りました。
その意味ではメンバーは都度変わりましたが、
私の考え方というか指向性が色濃く反映された制度であったとも言えます。

一度作ってしばらく様子をみるのではなく、
2期が即改善の議論を開始することには意味がありました。
異なるメンバーの異なる目線で検証することもありますし、
不満が出ても、即開始されていれば、即修正されるということを
社員に示す意味もありました。

社員の不満や要望に丁寧に応えるのは
トップの立場に立っていてある意味キツイと感じるところもあったのですが、
何度も言いますが、私は社員から不満をぶつけられるのがとにかく嫌だったんですね。
しかしこれも瓢箪から駒のところもあって、
社長は社員の要望に丁寧に耳を傾ける。
その社長は社員にお客様の要望には丁寧に耳を傾けようと言っている。
なら社員はお客様の要望に対して実際に丁寧に耳を傾けて
カスタマーインの思考や行動で業務に取り組むという流れを作れたのではないか?
と私は思ったりしています。

社員が話したこんな言葉

第1版を策定してから10数年経ちました。
私の主導する形でのプロジェクトは繰り返され、
最終的には第5版まで書き換えられました。
そして社員のほとんどがプロジェクトに参加した経験を持つようになりました。

そして社員からこんな言葉を聞くことができました。
「うちの評価制度に不満をいう人がいたら言ってやりますよ。制度を作るの本当に大変なんだぞって!!!」

その思いを持ってくれたことが一番の収穫だったかもしれません。
だって本当に大変なんですから。

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